要旨
再び月へ,火星へと,宇宙生存環境拡大のために取り組むべき課題が山積みです.宇宙空間は,地球上とは異なる特殊な環境です.まして,深宇宙への宇宙飛行のためには,地球磁場に補足された放射線帯を通過し,突然の太陽フレアの発生による大量の宇宙放射線や,遙か銀河の超新星爆発による高エネルギーの宇宙放射線が,直接降り注ぐ過酷な環境に曝されます.特に,宇宙飛行船の壁をも突き抜ける高エネルギーの重粒子線が.宇宙飛行士に与える悪い影響(ガン死リスクの増加)が危惧されています.将来,安全・安心に宇宙での長期居住を可能とするためには,正しくガン死リスクを分析・評価し,そのリスク対応をどうするかの意思決定が重要です.従来,宇宙でのガン死リスク評価は,宇宙放射線の質と量のみで推定されてきました.我々は,宇宙放射線のみならず,宇宙での重力環境変化との複合影響に着目しています.
宇宙実験を繰り返し実施することは,現実的に困難なため,地上での模擬実験での検証がすすめられています.群馬大学には,重粒子線がん治療のために,光の約70 %の速さに炭素線を加速する装置が有り,宇宙放射線に含まれる重粒子線の生物効果を調べることが可能です.我々は,新学術・JAXA・NASAの大型予算を獲得し,この加速器を利用して模擬無重力下同期照射が可能なシステムを開発し,プラットフォームとして国内外の研究者と共同研究をすすめています.これまでに,放射線と模擬無重力との複合影響で,細胞周期チェックポイントが解除される可能性と,染色体異常頻度が高くなり,ゲノム不安定性が増すことを明らかにしてきました.このことは,宇宙放射線の物理測定のみでは,発ガンのリスクを正しく評価できないことを示唆しています.さらに,マウスを用いた個体レベルの研究も進め,疑似無重力下で,免疫系臓器が萎縮し,腫瘍増殖・肺転移が亢進することを確認しました.
そこで,我々は,宇宙空間の無重力環境で本当にガンの進行が早まるのか,月や火星での低重力環境ではどうなるのか,ガンの進行を防げるのかについても,国際宇宙ステーションおよび月近傍のGatewayでの宇宙実験を見据えています.人類が「宇宙で生きる」時代の実現に向けて,是非とも貢献したいと考えています.
本講演では,我々の取り組みについて,話題提供させていただきます.
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2019年8月21日作成