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第205回定例オープンセミナー資料
空間を跨ぐ植物アルカロイドの効果

更新日: 2016/01/19

開催日時 2016(平成28)年1月27日
題目 空間を跨ぐ植物アルカロイドの効果
Spatial scale-up of alkaloid production in plants
発表者 井田崇(京都大学生態学研究センター・機関研究員)
関連ミッション ミッション 1 (環境計測・地球再生)

要旨

生物多様性の保全は,生物資源の持続的利用を可能にする地球環境の再生に不可欠である.一方,生物多様性は,生態系の基盤生物である植物とそれに依存する動物が,両者の間の多彩な相互作用を通して形作る生態系ネットワークにより維持されている.とりわけ,植物が病害虫から身を守っている多様な生理活性物質は,植食者との長い攻防の歴史(進化的軍拡競走)の産物である.しかし,その役割については植物の防衛戦略の理解に留まり,生態系レベルの意義を明らかにした研究はない.最近になり,植物の防衛形質は,種内の変異が大きく,これが防衛効果に重要な役割を果たしていることが指摘され始めた.防衛効果の種内変異は,自然界では異なる抵抗性をもつ植物個体がモザイク状に分布していることに依っている.このため,植物の防衛効果はその植物のみならず,周りの他種や同種の異なる遺伝子型の存在に大きく左右される.本研究は,「近隣に防衛能力の高い個体がいると当該個体の防衛効果が強化されるという連合(防衛)効果」の検証を目的とした.連合効果は,植物の防衛戦略の新たな特徴として注目に値する.このように,個体の防衛能力は必ずしも自身の適応度を反映するわけではない.植物の防衛形質とその生態系レベルでの意義を解明するには,生態系ネットワークが駆動する動的な形として捉える間接相互作用網の視点が不可欠である.

本研究では,アルカロイドの代表であるニコチン含量の異なるタバコ(図 1)二品種を用いて,その防衛効果を検証した.まず,タバコの葉に機械的ダメージを与え,高速液体クロマトグラフにより,ダメージにより誘導生産されるニコチン含量を定量した.ニコチン濃度の高い品種(以降,高品種)は,低い品種(以降,低品種)より5倍近い濃度を有していた.いずれの品種も時間とともに,ニコチン量は増加したが,ダメージによる影響は高品種でのみ見られ,50 %程度濃度が上昇した.次に,両品種のタバコを実験圃場で栽培し,植物の防御形質が生態系機能に果たす役割を野外操作実験により明らかにした.特に,間接相互作用網の観点から,植食者により誘導される防御化学物質ニコチンの空間的な変異が,生態系ネットワーク(植食者ネットワーク)を介して,生態系機能に与える影響と,そのフィードバックとしての生態系プロセスを通した植物の成長を評価することを目的とした.主な植食者は,ガの幼虫とバッタ(図 3)であり,植物への訪問パターンやニコチン含量(防衛能力の程度)に対する応答は両種で異なった.ガの幼虫は植食する個体を選ばない一方で,バッタの訪問数は,その対象個体のニコチン含量だけでなく,近隣する高品種の量に依存しており,高品種が多いほど,バッタの訪問が抑制されていることが明らかになった.

近隣個体による影響は,低品種では見られず,高品種でのみ見られたことから,植食者が,近隣個体を訪れた後,その個体を含むパッチから離脱していることを示している.これは,対象個体は,近隣個体を犠牲にすることで自身の食害を避けていると理解できる.一方,近隣個体の視点からは,防御形質が空間を超えて他個体にまで及ぶ,延長された表現型(extended phenotype)として作用している.つまり,植物は植食者による攻撃に対して2つの異なる戦術をとりうる.一つは,ニコチン生産により,高い防御能力を得るもの(ファイター).ただし,防御への投資は,成長や繁殖への投資とのトレードオフを生み出すため,コンスタントだが低調なパフォーマンスを持つ.もう一つは,防御への投資を抑え,高品種の庇護下にいることで防御力を得るもの(スニーカー).これは,防御への投資が少ない分,潜在的には高いパフォーマンスを持つが,その成否は確率論的である.このように,連合効果は,植物の防御戦術の多様性を生み出す原動力として機能している.

植物の化学的防御形質は,その当該個体だけではなく,近隣の植物個体にまで影響を及ぼす.本研究により,植物を介した間接相互作用網の理解や,植物の形質進化の評価には,空間的な視点が大事であることが明らかになった.

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図 1. タバコ(Nicotiana tabacum L.).

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図 2. 圃場実験の様子(於京都大学生態学研究センター)

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図 3. タバコを利用する植食者(オンブバッタ).

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2016年1月19日作成

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