要旨
地球上には、太古の昔から生物が生産する天然物質や人類が人工的に作り出した合成物質など様々な化学物質が存在している。特に人工的に合成された物質は化 学産業が発展する中で建築材料や家庭用品等の原料とし大量に使用されるようになり、我々の生活水準の向上に大きく貢献してきた。しかしその反面、人間に対 するマイナス面も浮上している。例えば自動車の排出する排気ガスによる公害問題、建材等から発生する化学物質による空気汚染など化学物質が原因と考えられ る環境汚染に関する問題が急激に増加している。ヒトが 1 日 24 時間に呼吸として体内に取り入れている空気の量は約 20 m3 で、重さにすると約 24 kg に相当します。一方で一日に人間が摂取する水の量は個人差はありますが、通常約 2 L で、重さにすると 2 kg に相当します。したがって空気は水に比べ、体積で 1 万倍、重さで 10 倍も多く摂取しています1)。 実際の生活では同じ環境に長時間滞在することは少ないと思われますが、問題視されている有害物質の指針値(例えば厚生労働省が定めるもの)は数 ppm 程度と極めて微量であっても日常生活を通して暴露(経皮、吸入、経口暴露)され続けている状態が継続されると、個々の物質の存在量が微量であっても、空気 の摂取量全体を考慮した場合、健康影響を問題視する必要があります2)。そのため、環境汚染の問題は特に重要視されており、それらの濃度の低減化策が検討されるようになった。このような背景の中、高性能な吸着剤などが開発されてきている3–6)。 しかし吸着剤形式の方法は受け身的な方式であるため、吸着効率の向上には限界があった。そこで注目されているのが空間に漂う香り成分を利用する方法であ る。森林内の空気質は排気ガス等が多い都市の空気質と大きく異なることが報告されており、代表的な環境汚染物質である二酸化窒素の濃度については明らかに 森林内の方が濃度が低い。この要因としては、樹木による物質代謝や葉部への吸収などが考えられるが、二酸化窒素濃度の高くなる夏季では植物への吸収量以上 の二酸化窒素が除去されるという研究結果があり、葉部への吸収以外の例えば葉から放散している香り物質との化学反応も関与していることが推察されている7)。二酸化窒素以外の汚染物質や悪臭物質に対しても除去作用の高い香り物質が見いだされてきており8)、 様々な分野での利用が期待されている。一方で、これらの香り物質は嗜好性が高く、またヒトに対して鎮静作用などの癒し効果や抗菌・抗カビ作用、昆虫忌避作 用、抗酸化作用などを示すことも明らかにされている。したがって、樹木の香り成分を利用することにより有害な物質の濃度を低減させることが可能であると同 時に、嗜好性が高く癒し効果のある空気へと空気の質を改善できるのではと考えられる。
ここでは樹木の香り成分による悪臭・有害物質等の浄化作用を中心に最近の研究例を中心に紹介するとともに、癒し効果、抗酸化作用などの研究の現状を紹介し、それらを利用した理想的な空気へと改善する方法を探ることにする。
参考文献
1) 池田耕一: 室内空気質の改善と快適空間の作り方,室内空気質の改善技術,NTS,東京,3–5 (2010)
2) 小若順一,松原雄一: 暮らしの安全白書,学陽書房,東京,1 (1992)
3) 福寿厚他: 二酸化窒素除去用触媒および二酸化窒素除去方法,特願平8-274448 (1996)
4) 森川弘道: 排気ガスを好む植物を創る,AROMA RESEARCH, 3 (2), 256–264 (2002)
5) 梶間智明他: アルカリ添着活性炭による空気中の二酸化窒素の除去,日本建築学会計画系論文集,539, 51–58 (2001)
6) 川井秀一他: スギ材の空気質浄化機能の開発,第59回日本木材学会大会研究発表要旨集,Q15–1115, (2009)
7) 小川和雄他: 植物群落の大気浄化効果に関する研究,埼玉県公害センター年報,12, 45–51 (1985)
8) 大平辰朗: 樹木の香り成分による空気質の改善,におい・かおり環境学会誌,42 (1), 27–37 (2011)