要旨
化石資源の枯渇や地球環境問題を背景に、資源のリサイクルなどによる循環型社会の構築を目指した取り組みがなされてきている。木質資源に関しては、バイオ エネルギーや低環境負荷木質材料の開発などの循環利用に向けた研究が進められている。循環型社会の構築に関する研究は、研究課題それ自体が応用的であるた めに、既存の資源科学分野だけでなく応用的な研究枠組みで分析される必要がある。これに関して大きな可能性を秘めるのが「地域」という見方である。地域 は、文化、社会、生態に特徴づけられた時空間の拡がりをもつ存在であり、研究対象であると同時に研究枠組みでもある。本発表では、発表者がこれまで行って きたインドネシアでの研究や日本国内を対象とした今後の調査内容も含めながら、木質資源の循環利用と地域の関係、ローカルな木材供給の重要性などについて 議論したい。
地域を分析する視点は確立されたものではなく、現在でもいくつもの議論がみられる。そのひとつに地域の固有性・多様性に関する論点がある。具体的な地域の 分析から何が一般化されるのか。個々の事例が集積されるだけなのか。これらについて発表者は、地域システムの構築のされ方を、科学との相互関係を考慮して 一般化することはできないかと考えている。
木質資源の循環利用と地域の関係は、現行する施策の中にみることができる。経済産業省と環境省によって1997年から始められたエコタウン事業では、地域 の産業蓄積などを活かした廃木材を含む廃棄物の発生抑制・リサイクルを推進するまちづくりが支援されている。また、循環型社会に関わる施策の中心計画とも いえる「循環型社会形成推進基本計画」では、2008年に「地域循環圏」の構築を目指す旨が明記されている。これらの中では、都道府県や政令指定都市など の地方自治体による木質資源の循環利用が制度化されているといえる。
一方で、地域の中には制度化されにくい慣習的な部分もある。例えば、ローカルな木材産業は地方自治体の定める制度だけではなく、関係者の社会関係によって 維持されているといえる。木材の伐採、製材、流通、小売というローカルな供給体制は、林業家、木材市場、製材所、小売店、工務店、設計士、大工、家主など の多様な関係者によって築かれる社会関係によって成立している。こうした関係者の社会関係は親密な関係でもあるため、これらすべてを制度化することはでき ないだろう。
発表者はこれまで、インドネシアにおいて木材供給体制に携わる人々の社会関係の一端を分析してきた。その中では、森林劣化・違法伐採などの問題を背景に森 林伐採・木材生産に対する規制が強化される中で、人々が社会関係を柔軟に維持していることなどが明らかになりつつある。また今後は、日本国内の伝建地区を 対象として、木材のローカルな供給体制を、そこでの人々の社会関係を重視して分析・評価してゆく予定である。日本では近年、地域材の供給を拡大し安定化す るために、製材加工体制の大型化や効率化、原木市場を通さない流通システムのスリム化などが進められている。ローカルな木材供給体制が解体・再編される日 本においても、インドネシアの事例にみられたローカルな人々の社会関係は、同体制を維持してゆく一要素として評価されるべきではないだろうか。