要旨
全国各地に植栽された、名所となっているサクラ(ソメイヨシノ)の多くで衰弱・衰退が進み、そのうちには、樹木医さんによる治療が施されている個体も多数ある。治療にあたっては事前の診断が行われている。診断には、外観からの判定、機器を使っての判定等が実施されている。衰弱が進むと、最悪の場合、個体が枯れるが、そこまでに至らなくても、葉の異常落葉、枝枯れ等がみられる。本報告では、樹木の水分生理に関する視点からソメイヨシノの樹勢判定についてのべる。具体的には、葉の水分生理特性と枝のキャビテーション(水切れ)感受性を測定し、衰弱の程度を評価した。その結果、外観的には正常と判断できる木でも、しおれの危険性がある場合、外観的にはあきらかに異常でも、水分生理学的にはバランスのとれた状態であり、枯れる危険性はないと判断でき、見た目と木の生理状態が必ずしも一致しないことがわかった。
はじめに
急激な樹木の枯死ではなく、徐々に衰弱が進むばあい、多くの樹木で、着葉量の減少、早期落葉、枝先の枯れが観察される。多くの場合、これらの原因として水不足が考えられることから、ここでは、樹木の水分生理の側面から衰弱の程度を評価する試みを紹介する。
材料と方法
研究材料は京都府立植物園に植栽されているソメイヨシノである。京都府立植物園はその歴史が古く、ソメイヨシノの中には樹齢 80 年を超える個体も多く存在している。その多くが、腐朽菌による材腐朽の進行、多くの入園者の踏圧による土壌硬化が原因で衰弱している。この衰弱の程度を評価するために、樹木の水分生理に関する以下の二つの特性を解析した。
- 葉のしおれに対する耐性評価: 7 月下旬から 9 月上旬にかけての、日中における水分状態、葉の細胞がしおれ始めるときの水分状態。水運状態は水ポテンシャルで示す。水ポテンシャルは、低いほどよりきびしい水不足状態であることを表す。水ポテンシャルは一日のうちでも変化し、夜明け直前に最も高く、蒸散が盛んな日中に最も低くなる。つまり、日中の水ポテンシャルを測定すると、その樹木が最も水不足になっている状態を評価することができる。さらに、水分生理特性の各パラメーター(葉の萎凋開始時の水分状態、葉が水を吸収する能力)を求めると、葉が水不足に対してどのような適応方法をとるのかを評価することができる。
- 枝の水切れに対する(木部キャビテーション)感受性評価:枝の道管で水切れが発生するときの水分状態。キャビテーションとは(図-1)?土壌中の水は樹木の根から吸収され、幹、枝を通って樹木全体に運ばれ、最後は葉から蒸散として大気へと放出される。樹体内で水は道管内で連続した水の柱としてつながっており、その水柱が葉からの蒸散を機動力として引き上げられている。引き上げる力は葉での水不足の程度によって決まり,水不足になるほど強い力で引き上げられる。この引き上げる力がある値以上になると、連続した水柱が途切れ、水が引き上げられなくなる。この現象をキャビテーションと呼ぶ。キャビテーションが頻発すると、樹体内の水分通道が阻害されるために、樹木はいっそう厳しい水不足となり、成長低下・枯死にいたる。本調査では枝のキャビテーションの発生しやすさを評価した。
図-1 Vulnerability curve
キャビテーション感受性を評価する。試料Aの方が試料 B よりキャビテーションを起こしやすい。
樹勢判定
衰弱木は健全木に比べて落葉時期が早かった。さらに、両者の間には日中の水ポテンシャルや水分生理特性のパラメーターに有意な差は見られなかった。つまり、水不足の程度という観点からは、健全木と衰弱木で差が認められなかった。これは、衰退木は健全木に比べて葉量が少なく、このことで衰弱木は蒸散を抑制し、厳しい水不足に陥らないようにしていると考えられた。
キャビテーション感受性を測評価するために、vulnerability curve を描いた(図-2)。すると、健全木は S 字カーブを描くような形で上昇し、衰弱木は放物線を描くような形で上昇するという特徴があった。それぞれの vulnerability curve から、健全木はキャビテーション感受性が低く、衰弱木は高いということがわかった。このことから、衰弱木は少雨の夏などにはキャビテーションをおこす危険性が非常に高く、いっきに葉の萎凋、枯死が進む危険性を秘めているといえる。さらに、vulnerability curve の中には、どちらのグループにも当てはまらない curve を描き、健全木から衰弱木に移行している個体もあった。
図-2 キャビテーション感受性曲線
衰弱木、移行期にある木、健全木の順にキャビテーションがおこりやすいことを示す