要旨
木材を始めとする植物材料の基本構成単位である細胞は幅 10–50 nm のナノファイバーで構築されている。このナノファイバーは、セルロースの伸びきり鎖微結晶で出来ているため、鋼鉄の 1/5 の軽さで、その 5 倍の強度 (2–3 GPa) を有している。また、線熱膨張係数がガラスの 1/10 以下 (0.1 ppm/K) と極めて小さい。さらに、弾性率が −200 ℃ から +200 ℃の範囲でほぼ一定である。ナノファイバーレベルまでの解繊コスト、ナノファイバー故の取り扱いの難しさなどから、その工業的利用はこれまでほとんどなされてこなかったが、新規の低環境負荷グリーンナノ材料として、北欧や北米で、近年、急速に研究が活発化している。
セルロースナノファイバーは主として木材パルプの機械的解繊によって製造される。解繊性を向上させる目的で化学修飾や酵素処理、酸処理等が前処理として行われることもある。木材以外に、稲ワラや麦ワラ等の農産廃棄物、古紙、砂糖大根やジャガイモの絞りかす等の産業廃棄物からも幅 10–50 nm 幅のナノファイバーが容易に得られる。
セルロースナノファイバーは、その軽量・高強度の特性を活かして、熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂の補強について検討されている。重要なターゲットは、自動車用軽量・高強度材料の開発である。また、光の波長に比べ十分に細いことから、透明材料を透明性を損なうことなく補強できる。これまでに、プラスチックの様にフレキシブルで、ガラスのように熱膨張が小さい透明材料が開発されており、Roll to Roll プロセス用の透明基板として注目されている。ナノファイバーをスキャフォールドに用いた機能性ナノ材料も開発されている。その他、紡糸して極細・高強度繊維材料を製造したり、フィルターや濾過材に用いることも可能である。あるいは、ノンカロリーの食物繊維(ダイエッタリ-ファイバー)、安心安全な食べられるナノファイバーとしての利用も考えられる。
この様に、セルロースナノファイバーは、我が国における川上から川下までの幅広い産業、すなわち、製紙産業、化学産業、繊維産業、自動車産業、IT 産業、食品産業、医療産業、成型加工業等に関わる材料であり、即効性があるため、低炭素社会の急速な実現とともに、短期間での大きな経済効果が期待できる。
本フラッグシップ共同研究は、生存研が有するセルロースナノファイバー材料やキチンナノファイバー材料といったバイオナノマテリアルに関する 10 年近い共同研究実績および多様な関連装置を基に、生存研にバイオナノ材料において世界をリードする共同研究拠点を構築することを目的とする。本共同研究の 特色は “異分野連携”、“垂直連携” といった “連携” である。生存圏科学の拡がりを活用して、生物資源材料を扱う研究者・機関、そのナノエレメントの化学変性や再構築を行う研究者・機関、さらには材料を部材化し自動車や電子機器への応用に取り組む研究者・機関、といったこれまでつながりの薄かった分野の研究者・機関が垂直連携して、持続型生存圏の構築に資する先進的生物材料の開発、実用化を目指している。