要旨
本研究は、大気状態を定量的な指標である大気環境診断パラメータのデータベースを構築し、これらの有効活用による東南アジア・南アジア域における大気環境の変動特性の理解に寄与しようとするものである。
東南アジア・南アジア地域は多種多様な大気現象に彩られており、世界の中でも気象学的に極めて興味深い地域の一つである。特に降水現象は当該地域において最も重要な大気現象の一つである。東南アジア・南アジア域は熱帯及び亜熱帯に位置する世界でも有数の多雨地域であり、降水は自然生態、生活、農業、防災など様々な面で大きな影響を及ぼしている。またこの地域における豊富な降水に伴う多量の潜熱は大気の大循環を駆動する熱源としても極めて重要である。
降水現象を始めとする多様な大気現象のしくみを理解する上で基本的な大気環境の変動特性を把握することは重要である。例えば降水現象について理解しようとする場合、降水の供給源である大気中に含まれる水蒸気の量の時間的・空間的変動特性を把握することは重要である。大気環境診断パラメータは、大気中の水蒸気量や熱的不安定度などの大気の状態を診断するためのパラメータである。大気環境診断パラメータの利点は、複数の物理過程が介在して成立する大気状態を一つの数値で診断できることである。よって、大気環境診断パラメータの時空間変動特性から大気環境の変動特性の詳細を把握することができる。
大気環境診断パラメータを用いたこれまでの研究結果の一例を挙げる。南アジア域では竜巻や雹、落雷などの発達した積乱雲に伴う激しい局所的大気現象であるシビアローカルストーム(Severe local storm)が多発する。特に、バングラデシュを中心とするインド亜大陸北東部においてモンスーン期(6月~9月)に入る前のプレモンスーン期(3月~5月)に集中的に発生する傾向がある。なぜこのような傾向が見られるのかを理解をするため、シビアローカルストームの発生に重要な大気状態を表す大気環境診断パラメータの南アジア域における時空間変動特性を調べた。その結果、シビアローカルストームの発生にとって重要である大気の熱的不安定度と風の鉛直シアーがプレモンスーン期のインド亜大陸北東域で顕著に大きくなることがわかった。
本研究ではグローバルな気象データである客観解析データを用いて大気環境診断パラメータのデータベースを構築する。近年、降水の全球マップや雷の全球分布などのグローバルデータが利用可能となってきている。これらのグローバルデータに見られる様々な大気現象のしくみを理解する上で、本研究で構築しようとする大気環境診断パラメータのデータベースは極めて有用なデータセットになると考えている。