要旨
バングラデシュはヒマラヤ山脈の南、ベンガル湾の北に位置しており、本州の約 6 割程度の面積の国土にわが国の人口以上の人々が住む世界有数の人口密集地帯である。夏季インドモンスーンが卓越する 6 月から 9 月はバングラデシュの雨季にあたり、特にこの時期に多量の降水がもたらされる(雨季の降水量は年間降水量の約 7 割を占める)。バングラデシュは国土の大部分が海抜 10 メートル以下の低地であるため、雨季の多量の降水によって過去幾度も甚大な洪水被害が発生した。また 5 月と 10 月にはベンガル湾から北上するサイクロンの襲来により、高潮や高波の被害も大きい。このためバングラデシュでは、雨季の降水とサイクロンの研究はそれらによる被害は規模が大きく社会的影響も大きいことから精力的に研究が行われてきた。
このようにバングラデシュではこれまで雨季の降水とサイクロンが主な気象災害として認識されてきた。しかしながらバングラデシュでは、雨季に入る前の 3 月から 5 月に、竜巻や雹、落雷などの対流性の激しい気象現象(シビアローカルストーム)がしばしば発生し毎年のように被害が発生していることはあまり知られていない。過去の顕著な被害の例を挙げると、1996 年 5 月 13 日にバングラデシュ中部のタンガイル県において発生した竜巻により 700 人以上の死者数が発生した。シビアローカルストームによる被害の規模は、洪水や高潮・高波の被害にくらべると小規模であるため、これまで殆ど研究がなされてこなかった。しかしながら、経済活動の活発化に伴う社会の複雑化により、シビアローカルストームによる被害も無視できなくなってきている。
本研究はバングラデシュにおいてシビアローカルストーム発生日における総観スケールの気象場の特徴について調べたものである。シビアローカルストームの発生日と発生の無かった日(シビアローカルストームの報告がなかった日)それぞれの気象場のコンポジットを作成し、それらの比較によりシビアローカルストーム発生日の総観場の特徴について調べた。シビアローカルストーム発生日には、大気下層でインド半島東海岸沿いからバングラデシュまでの領域で南よりの風の強まり、それに伴いベンガル湾からの水蒸気の流入が顕著となる。これによりバングラデシュではシビアローカルストーム発生日に大気下層で水蒸気量が増加する。また大気中層ではシビアローカルストーム発生日にトラフの強まりにより、バングラデシュ付近に北方から寒気が流入する。このようなことからシビアローカルストーム発生日にはバングラデシュ付近では大気の潜在不安定度が増大し、シビアローカルストームが発生しやすい大気状態となっていることが明らかとなった。