Research Institute for Sustainable Humanosphere

第214回定例オープンセミナー
コーヒー:植物生態とおいしさの接点

開催日時 2016(平成28)年11月16日(水) 12:30–13:20
開催場所 総合研究実験1号棟5階 HW525
題目 コーヒー:植物生態とおいしさの接点
Coffee: the link between the plant ecology and the flavor
発表者 旦部幸博(滋賀医科大学微生物感染症学部門・助教)
関連ミッション ミッション4 循環材料・環境共生システム

要旨

S0214_Tambe

世界的飲料であるコーヒーは、アフリカ大陸原産のアカネ科植物であるコーヒーノキの種子から作られる。その香りや味、覚醒効果などの薬理作用は、コーヒーノキの種子(生豆)に含まれるさまざまな成分、および加熱加工(焙煎)時にそれらが前駆物質になって複雑な化学反応を経て生じる化合物群によりもたらされる。コーヒーノキはカフェインやクロロゲン酸など、特有な二次代謝産物を生合成しており、それがコーヒーの「コーヒーらしさ」、すなわち他の飲食嗜好品とは異なる独特の香味や薬理作用を生むもとになっている。

これら生豆中の成分は人類が嗜好品として利用する上で非常に重要な存在だと言えるが、コーヒーノキ自身にとっては一体どのような役割を担っているのか。近年の生態学的、分子生物学的研究の進展によって、その一端が解き明かされつつある。コーヒーに含まれる成分の中で、最もよく知られているのがカフェインだろう。カフェインは苦味を呈し、ヒトが摂取すると中枢神経興奮作用や軽度の習慣性をもたらす、コーヒーを特徴づける主要成分の一つである。またコーヒー以外にもチャノキやカカオなどの植物に含まれており、そのいくつかは嗜好品として人類に利用されてきた。2014年、コーヒーノキ(カネフォーラ種)の全ゲノムが解読され、その結果からコーヒーノキのカフェイン合成遺伝子はチャノキやカカオなどとの違いが大きく、別系統で進化した可能性が高いことが判明した。これは一種の収斂進化と考えられ、植物にとってカフェインを生成することに何らかの生理的、生態的な意義が存在することを示唆している。

  • コーヒーノキ自身における作用:カフェインやクロロゲン酸類にはラジカル消去作用が認められ、酸化ストレスや紫外線等に対する防御物質として働いている可能性がある。また近年、佐野らはカフェインが植物内で感染防御遺伝子の発現を誘導(=プライミング)するシグナル伝達経路に関わることを報告している。
  • 生物間相互作用物質としての作用:コーヒーの二次代謝産物は他の動植物や微生物に対して直接、毒性や薬理活性を示すことからアレロパシー(他感作用)に関与している可能性が示唆されてきた。カフェインやクロロゲン酸類は一部の菌類や細菌の増殖を抑制することで病害を防いだり、他の植物の発芽や生長を抑制して環境中での生育を有利にすると考えられている。カフェインは他にもナメクジなどの軟体動物や一部の昆虫に対する毒性や、哺乳動物や鳥類に苦味を感じさせることで忌避物質として働き、食害から防御する働きがあると考えられる。一方、受け手側に不利になるだけでなく双方に利益を生じる場合もあり、例えばミツバチとの関係ではカフェインを含む蜜を摂取することで探索活動が亢進して受粉効率が上がるという仮説が唱えられている。ヒトによる栽培も相互利益の一種によるものと捉えることが可能かもしれない。
  • 生物間ネットワークを介する作用:実際の生態圏において生物間相互作用は一対一で直接作用するだけではなく、別の生物種を介して間接的に作用しあい、生物間でのネットワークが形成されている。例えば、カフェインはハキリアリに対して直接の作用は示さないが、ハキリアリが餌として栽培する菌類の増殖を抑制することで間接的に防御すると考えられている。また最近、杉山らはコーヒーノキの根から分泌されるカフェインが植物病原菌の増殖を強く抑制する一方で、非病原性かつ他の菌類を抑制するTrichoderma属にはあまり作用しないことで土壌中の微生物叢において優勢にし(フォスタリング)、間接的にコーヒーノキを病害から守っている可能性を示唆している。

このような生理的、生態的意義を明らかにしていくことはコーヒーの生産面で有用な多くの知見をもたらすことが期待される。1990年代からコーヒー業界では香味に優れた特徴のある「スペシャルティコーヒー」が注目されており、生産諸国でも高品質・高付加価値のコーヒー生豆づくりに向けた動きが本格化しているが、例えばカフェインを避けたい消費者を狙った低カフェイン品種を作出する場合、これまで問題にならなかった病虫害が発生する可能性があるが、そうしたリスクを事前に予測する上で有用だと思われる。

またコーヒー産業が抱える諸問題の解決につながることも期待できるだろう。コーヒーノキがカフェインやクロロゲン酸類などによって耐病性を獲得する一方、病原体や昆虫の側も抵抗性を獲得しながら進化してきた。代表的な病虫害としてコーヒーさび病(Coffee Leaf Rust, CLR)やコーヒー炭疽病(Coffee Berry Disease, CBD)、ベリーボーラー(Coffee Berry Borer, CBB)、ネコブセンチュウなどが挙げられる。これらの病虫害は現在も時に大発生して、コーヒー生産国に少なからぬ被害を与えてつづけている。現在125種知られているコーヒーノキ属のうち、栽培されているもののほとんどは17世紀末?18世紀初頭に広まったアラビカ種(ティピカ、ブルボンの2品種)と19世紀末に発見されたカネフォーラ種(ロブスタ)の2種のみで、前者は香味品質的に優れる反面、病虫害に弱く、後者はその逆の性質を持つ。両者を交配した耐病性ハイブリッド品種が実用化されているものの、市場の評価ではアラビカ従来品種より低く見なされているのが現状で、品種開発は未だ十分とは言いがたい。そのため近年では高品質志向を追い風にして従来品種に植替える農園が増加し、同時にさび病拡大の懸念なども深刻化している。こうした状況を背景に、耐病性機構を解明して応用した新しい耐病品種の開発や、有効な生物農薬の探索、またシェードツリーの利用によりコーヒー農園の生物多様性を保持することで病虫害の拡大を抑えたり品質向上を図るなど、コーヒーノキを取り巻く生存圏に着目し活用するための研究が進んでいる。

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2016年11月9日作成

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