Research Institute for Sustainable Humanosphere

第189回定例オープンセミナー資料

開催日時 2014/12/17(水)
題目 ラマルクとダーウィン —獲得形質は遺伝するか?
Lamarck and Darwin —Are acquired traits heritable?
関連ミッション ミッション 1 (環境計測・地球再生)

発表者

佐野浩 (京都大学生存圏研究所・国内客員教授)

要旨

地球上に生息する生物種は 150 万とも 2 億ともいわれる。その多様性はどのように生じたか。自然にできた、という単純明快な考え、神の創造という宗教的な考えなどを経て、18 世紀には進化という考えが現れた。単純な生物が分化し、多様化していく過程を学問的に説明しようという試みだった。百家争鳴の中で、ラマルクとダーウィンがその後の世界をリードする考えを提唱した。

「獲得形質の遺伝」を始めて公式に示唆したのは、フランスの博物学者ラマルク(1744–1829)である。生物個体が一生の間に、獲得した新しい形質は子孫に伝わる(動物哲学、1809)。発表当初から、当時の博物学界を牛耳っていたキュビエ(1769–1832)らの反対に会い、ラマルクは 1829 年、失意のうちにこの世を去った。その 50 年後、ダーウィンが「自然淘汰による適者生存」説を述べた(種の起源、1859)。ラマルクに対するあからさまな反対意見ではなかったが、遺伝子が発見され、遺伝生物学の全盛期を迎えると、獲得形質遺伝説は完全に否定されてしまった。「そういう事もあるかもしれない」と反省を込めて、埋もれた研究を発掘し、再評価が始まったのは 20 世紀も後半になってからである。

遺伝子コード(DNAの塩基配列)が変化しなくても、表現型が変化し、それは子孫に遺伝することがある。この現象をエピジェネティクスとよび、遺伝子の発現制御に欠かせない仕組みであることが分かってきた。病気の発症には深く関与しているらしく、研究がすすんでいる。分子機構として、DNA 分子の修飾(メチル化)が要といわれる。DNA 中のシトシンがメチル化され、5-メチルシトシンに転換されると、DNA の高次構造が変化する。その結果、発現様式も変わり、最終的には形態変化をおこす。一種の突然変異といっていい。変化した DNA メチル化状態が次世代に伝われば、変異形態も遺伝する。この状態をエピミューテーションという。

DNA のメチル化は環境に応じて、また世代ごとに微妙に変動し、多様なエピミューテーションが誘導される。その形質が生存に有利に働けば固定され、世代を超えて遺伝する。ただし、必要でなくなれば消去され、元にもどる。環境変動に柔軟に対応する「適者生存」戦略である。これはダーウィンの突然変異による「適者生存」説とは矛盾はしない。違いは、エピミューテーションが一時的な変異であるのに対して、突然変異が恒久的な変異であることくらいである。

ラマルクが 1809 年に「獲得形質の遺伝」説を唱えて以来、150 年もの間、進化の機構について論争が続いた。ダーウィンかラマルクか、と二者択一で考えたためだろう。しかし、ダーウィンはラマルクの「用・不用による獲得形質の遺伝」説を否定はしていない。「自然淘汰による適者生存」のメカニズムのひとつとして、肯定しているくらいである。後年、DNA の塩基配列変化による突然変異が強調されたあまり、ダーウィンの意に反して(?)ラマルク説の否定にいたった。エピジェネティクスの発見は「両者とも正しく、進化というコインの表と裏を説明したにすぎない」ことを明らかにした。だから、表題「獲得形質は遺伝するか?」に対する答は「諾(イエス)」である。

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