生存圏未来開拓研究センター 松葉史紗子特定講師 着任エッセイ
更新日: 2024/09/12
自己紹介
2024年7月1日に生存圏未来開拓研究センターに特定講師として着任いたしました。
専門は生態学です。生態学を専門としている、と言いますと、小さい頃から生き物が好きなのでは?と思われる方も多いかもしれません。しかしながら、小さい頃(そして大学生まで)の私は、生き物博士とは程遠い存在でした。身近なトンボの名前も知らず、植物や鳥の名前に至っては母親のほうが知っているほどでした。私にとっての身近な(人間以外の)生き物とは、当時飼っていた猫だったのです。どうしてそんな私がチョウ類で卒業論文を書き、鳥類で修士論文と博士論文を書き、転じて共同研究者の多大なる貢献のもと、様々な生物と非生物までをも対象にして研究にわくわくするようになったのかと言えば、一言で言えば、自分で考えることの楽しさを知ったことにあると思います。恥ずかしながら大学に進学するまでの私は自分で考えることを知らない、つまり物心のない人間だったと思います。それが高校の先生の一言で一変するのです。経済的な理由で大学進学を考えていなかった私に「奨学金で大学に行ったら良いよ」という先生の言葉のおかげで、自宅から最も近い国公立大学だった横浜市立大学に入学しました。この大学を選んだ理由は、自宅からの近接性と経済的な負担(最大の理由)だけでなく、高校3年生の秋に急遽、大学に進学することになった私が「大学で学びたいこと」に迷う時間もない中で、「入学してから好きな分野に進んでいいよ(意訳)」という文言を大学が掲げていたため、私が進学できるとしたらこの大学しかない、と思ったためでした。そうしてアルバイトで稼いだお金で急遽センター試験(現:大学入学共通テスト)を受けて、かろうじて大学進学に滑り込んだのでした(受験システムをちゃんと把握していなかったので、危うく受験しそんじるところだったのは、今となっては笑い話です)。そうこうして入学したのは、「国際総合科学部経営科学科(当時)」でした。そう、生物を公に扱う生物系でも、農学系でも理学系でもなかったのです。「国際総合科学部」というなんでもありよ、と言わんばかりの学部名のもとで、そして、いつだって自分の進路を見直してもいいよ、という大学の有難い方針のもと、在学中は憲法やら民法やらミクロ経済、マクロ経済、都市計画論、多文化共生論と様々な講義や実習を受けました。出身高校が(普通科ではない)「貿易外語科」という世にも奇妙な公立高校(旧:神奈川県立外語短期大学付属高等学校)の出身だったせいか、はじめは人文科学系の講義を中心に受けていました。移民をテーマとした講義では、勝手に地域の移民の方々やサポート団体を探し出してインタビューをして、さぞ講義担当の先生にはびっくりされました。あるときは、地域の自然観察の森で生物モニタリングに参加しては、観るのも苦手だった蝶とトンボの図鑑を枕元に置いて、必死に種を覚えたものでした。こうした学部時代の学びは、現在の研究とは必ずしも直接的に結びついているものばかりではないかもしれませんが、明確な答えが存在しない自身の興味に対して、自ら探索し、考える力を養う機会だったのだと思います。毎年度のはじめ、その年度の終わりには自分は何に興味を持って、どういう考え方をしているだろう、その予想を超える自分の変化がいつも楽しみでしかたがなかったことを覚えています。
研究について
学部での講義を受けていくうちに「環境問題」に興味が定まっていきました。これには小さい頃からの母親の影響もあったと思います。曲がりなりにも経営科学科に属していた私は、当初はCSR(企業の社会的責任)の観点から環境問題にアプローチしていましたが、そのうちに企業単体で環境問題を捉えるのではなく、企業が誘致されている「まち」という空間的な広がりで環境保全を捉えることに関心が広がっていきました。当時の都市計画には、「みどりのまちづくり」といった言葉をみかけることが珍しくありませんでした。この「みどり」とは何であるのかを考える糸口の一つとして、私は生態学に出会いなおし、その面白さに惹かれていきました。卒業論文では、都市における「みどり」を蝶類にとっての生息地の観点から再評価することを目指して研究に取り組みました。研究では、街なかの公園で蝶類とその環境を調べること(フィールドワーク)から始まります。初めてのフィールドワークは、情報に溢れており、どの情報が重要なのか、何を記録するべきなのかに戸惑い、それは自身が明らかにしたい問いの不明確さを表していることを知ることとなりました。得られた空間データをもとに、統計モデルを構築し、明らかにしたい事象にアプローチするも、思うような結果はなかなか得られません。再びフィールドに赴き、見落としている情報はないか、自分が考えている仮説は正しいのだろうかと自問し、試行錯誤します。そうしたプロセスを繰り返し、少しずつ真実に近づいていく。こうした研究アプローチは、研究対象が多岐にわたるようになった現在でも、私の研究の核となっています。
現在に至るまで、生態学をベースとしながら、異なる生態系(陸域・海域)や様々な対象(鳥類、チョウ類、植物、魚類、有孔虫、海洋ゴミなど)を扱い、統計学的アプローチを駆使しながら研究に携わる機会に恵まれてきました。近年では、古典的な生態学の枠を超えて、人間社会の仕組みと生物多様性の関わりに興味関心を広げ、人文社会科学、経済学の視点を取り入れながら研究を進めています。学際性に富んだ生存圏研究所で、多様な視点から研究をさらに発展させていきたいと思っています。