森林代謝機能化学分野 助教 巽 奏(Tatsumi Kanade)
更新日: 2024/06/21
令和6年3月より森林代謝機能化学分野の助教に着任いたしました。みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。神奈川県横浜市の出身で、幼い頃から植物を観察することが好きでした。公園のシロツメクサ、駐車場の一角に咲くオシロイバナ、公園のフェンス越しのヘクソカズラ、花壇脇のカラスノエンドウなど身近な植物を触って愛でていたことが強く記憶に残っています。8歳の時に緑豊かな東京都あきる野市に引っ越しをしたことでさらに自然観察の機会を得ました。毎年春になるとおたまじゃくしを手で掬って観察したり、夏は渓谷で泳ぎ大きな岩から飛び込んだり、秋は山菜を採って料理をしてみたり、8歳から15歳までのこの7年間の経験が生物とりわけ植物の研究者を志す原点になったように思います。
私のサイエンスへのモチベーションは植物はどうやって種ごとに多様な代謝産物を合成できるようになったのか、理解したいというものです。植物は生命活動に必須な一次代謝産物の他に、多様な生理機能をもつ二次代謝産物を生合成します。植物は自身が動けないからこそ、自らを取り巻く環境に適応するために進化の過程で多様な代謝産物を獲得しました。その数は100万種以上と推測されており、植物がつくる代謝産物の多様性は動物や菌類など他の生物種と比べて著しく高いとされています。さらに、この複雑・多様な代謝産物を生合成する主原料とエネルギーは葉緑体をもつ生物(陸上植物・藻類・シアノバクテリアとごく一部の細菌)だけが行うことのできる光合成で賄われます。水と二酸化炭素と太陽エネルギーを固定して種ごとにレパートリーの異なる様々な代謝産物を生合成する、この極めてエコな能力は植物を植物たらしめる大きな特徴の一つです。
私は、その植物二次代謝産物の中でも脂溶性の化合物をこれまで研究対象としてきました。修士・博士過程では、当研究所の森林圏遺伝子統御分野で薬用植物ムラサキが生産する脂溶性の赤色色素シコニンがどのように細胞外へ輸送されているのか、その分子機構に関して研究を行いました。この研究テーマを通して生化学的な実験技術や論理的な思考プロセスを学び、研究の面白さにどんどん魅了されました。
学位を取得後はフランスの北東アルザスの街、ストラスブールのCNRS, Insitute de moléculaie biologie de plantes (訳: フランス国立科学研究所 植物分子生物学研究所) で約4年間、ポスドク研究員として細胞外ポリマーの進化を研究しました。約5億年前に水中から陸上に進出した植物は脂溶性のポリマーを細胞外に分泌し、自分をコーティングすることで、紫外線によるダメージや乾燥を防ぎ、重力に反して成長する強さを得ました。この脂溶性のポリマーが細胞外ポリマーであり、今日の陸上植物に繁栄をもたらした重要な代謝産物のひとつです。今日、大繁栄している被子植物は細胞外ポリマーとして、植物組織の最外層の表面、根の内部、花粉、二次細胞壁にクチン、スべリン、スポロポレニン、リグニンをそれぞれ有しています。フランスでのポスドク期間では、この細胞外ポリマーがどのような化合物ならびに酵素反応を起源に獲得されたのか、植物進化のより基部で分岐したコケ植物を材料に研究しました。この成果から、細胞外ポリマーの基本部分は進化の過程で保存されていながらも、化学組成や蓄積部位、生理学的な役割は植物種ごとに少しずつ異なることがわかってきました。今後はこの多様性に着目して、植物種横断的に細胞外ポリマーを研究し、植物種間における細胞外ポリマーの変遷の解明とその高度利用を目指した研究を展開します。この研究の足がかりとなる技術はDASH/FBASが備える質量分析機器を用いた代謝産物の定性・定量解析や、顕微鏡によるライブイメージング、遺伝子組換え技術を用いた分子生物学的手法などです。これらを駆使して、植物の多様性を司る分子機構の理解を目指します。
これまで京都でもストラスブールでも、指導教官や共同研究先のさまざまな先生方・先輩方とのディスカッションの機会に恵まれてきました。議論をする中で培った科学的な視座をもって植物を眺めると、幼い頃に感じていた疑問や驚きを科学的な問いに移し直すことができるようになっていて、自然科学を研究することの面白さ・奥深さを改めて感じます。その一方で、これからは基礎研究に留まらず生存圏すなわち地球規模の課題の解決方法を植物の代謝産物を通して探っていきます。自分が学んだ京都大学生存圏研究所に、教員として戻ってこれたことが素直にうれしく同時に身の引き締まる思いです。どうぞよろしくお願いいたします。