menu

大気圏森林圏相互作用ユニット(兼 大気圏環境情報分野)教授 高橋けんし

更新日: 2023/02/02

 

令和4年11月1日付けで附属未来開拓センターに着任しました。いま思い返してみると、幼い頃から心のどこかにいつも、「今いるセカイからはみ出してみたい」というある種のいたずらごころがあり、それを持ったまま大人になってしまったかもしれません。生存圏研究所は、そんないたずらごころを研究活動の駆動力にすることを許してくれる環境にあると勝手に思っています。生存圏科学の発展と振興のために、誠心誠意努めてまいりたいと存じます。どうぞよろしくお願い致します。

以上でご挨拶は終わりなのですが、原稿の文字数が圧倒的に足りないので、エッセイめいたことを書いてみたいと思います。

年齢を重ねたせいでしょうか、大学の研究教育活動の中で、予期せぬジェネレーションギャップに遭遇することがあります。その一つが、最近の学生たちは南極成層圏オゾンホールを知らないこと、です。アメリカの人工衛星センサーTOMSが見事に可視化したオゾンホールの衛星画像は、その発見当時、世界的に超有名になったし、人間社会の在り方について絶大なインパクトを与えました。実際、1987年にはモントリオール議定書が採択され、フロン類などいわゆる“オゾン層破壊物質”の生産と使用が厳しく制限されるに至りました。その甲斐あって、21世紀のうちにオゾン層の回復が見込めそうだというところまで来ています(例えば、令和5年1月16日の読売新聞朝刊を参照)。それはそれとして、やはり若い学生たちにとっては「有史以前」の出来事ですから、TOMSの衛星画像をみせながら「これ、何だか知ってる?」と問いかけても、概ね2/3の学生が知らないと答えるのも無理はないのかもしれません。しかし、全世界が脱フロンで協調し、オゾン層の回復という成果をもたらしつつあることは、脱炭素によって地球温暖化対策を推し進めなければならないという難局に直面している人類にとって、ある種の成功体験となっている出来事でもあります。ですから、彼らの「有史以来」の歴史として、例えば源頼朝が鎌倉幕府を開いたのがいついつである、みたいなことと同様に、あるいは、場合によってはそれ以上に、学ぶべき価値のある出来事だと個人的には考えています。

オゾン層破壊メカニズムの研究で1995年にノーベル化学賞を受賞したPaul J. Crutzen博士(1933-2021)は、人新世(ひとしんせい,Anthropocene)という言葉を世の中に広めました。地球がこの宇宙に誕生したのは約46億年前であるとされており、その地質時代の区分のうちで最も新しい時代、すなわち現代に至る時代は完新世と呼ばれています。しかし、人類が地球の生態系に大きな影響を与えたと考えられる、特に20世紀以降の時代区分を表する言葉として「人新世」が提唱されたのです。地球の歴史をミライの人たちが振り返ったときに、わたしたちが生きている今の時代を地球の生態系にとって特別な意味を持つ時代区分として位置付けるであろう、という考え方です。

人類学の教科書によれば、いまを生きるわたしたちは、ヒトとして約8000世代目であるとされているそうです。わたしたちはヒトとして、自分たちの存在自体が地球の生態系に影響を及ぼし、エネルギーや環境、人口問題など多くの重要な問題に向き合あうことを必要とされている初めての世代です。『人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない』-これは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新レポートである第6次評価報告書に史上初めて明記された強いメッセージです。また、スウェーデンの経済学者Johan Rockström博士が提唱したプラネタリー・バウンダリーという考え方によれば、人類がもたらした様々な変化は、地球がもともと持っている恒常性を維持する能力を超えてしまう“引き返し不能点”に差し掛かっているとされています。彼の仮説には、指標となる9つの限界点があり、気候変動や生物多様性の損失の問題では、すでに限界を超えてしまったのではないかとされています。

 

初めの話題に戻すと、2/3の学生がオゾンホールを知らないということは、1/3は知っているということです。「知っている」と答えた学生たちがオゾンホールについての知識をどのようにして獲得したのか、つまり、彼ら自身の知的好奇心によるものなのか、小中高での教育によるものなのかは分かりません。しかし、いずれにしても、正しく教え伝えることの意義を示唆しているものだと私は認識しています。我々が直面する気候変動の問題にしても、いま不回帰点にある、あるいは、超えてしまっているかもしれないが、私たち人類は諦めてはならないのだと思います。そこでは教育の果たす役割が非常に大きいはずです。実際、我が家の子供たちは、バーチャルウォーターとかカーボンニュートラルとかいった言葉を知っていて、親としても研究者としても驚かされます。聞けば、Eテレでよく出てくる話題だそうです。生存圏科学を標ぼうする研究所に籍を置いて職務に当たる身として、責任の重さをあらためて実感しているこの頃です。

 

 

 

 

〒 611-0011 京都府宇治市五ヶ庄
TEL: 0774-38-3346 FAX: 0774-38-3600
E-mail: webmaster@rish.kyoto-u.ac.jp