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生存圏フォーラム 第20回連載コラム

小さな理想の生存圏-ベランダの金魚水槽

私の家ではこれまで金魚を薄暗い屋内で飼っていたのだが、引っ越し先の部屋内に適当な場所がなかったため、最近水槽をベランダの片隅に思い切って置くことにした。屋内で飼っている時は、ポンプで水槽に空気を送り込み、餌を与え、定期的に水槽とろ過装置を掃除して水を替える必要があった。ろ過装置が詰まると金魚のフンで水が茶色に濁り、金魚が病気になってしまうからである。
水槽の掃除ははっきり言って面倒くさい。重い水槽を持ち上げて風呂場までもって行き、金魚を別の入れ物に移し、汚れた水を捨て、水槽の内壁とろ過装置を洗う。そんな訳で、家の子供たちは餌を与える係、私は水槽を掃除して水を替える係になっていた。子供たちは、毎日餌をちょろちょろっと与えるだけで金魚を「飼っている」というのだからいい気なものである。私は仕事の忙しさにかまけて水槽の掃除をさぼり、何匹か天国に召してしまった。大変かわいそうなことをした。
ところが、水槽を屋外に置くと水槽の中の水はあっという間に緑となった。どこから来たのかわからないが、ウキクサも浮かんで増えていた。こうなれば空気ポンプも要らないんじゃないの?と思え、思い切ってポンプもやめてみた。金魚がまた天国に行ってしまうのではないかと心配していたが、水槽の掃除は一回もしないまま、我が家の金魚は今年の暑い夏も越え、元気に生き続けている。
ベランダは太陽の光にあふれている。おそらく、水槽の中では金魚のフンを栄養とし、太陽光をエネルギーとしてプランクトンが繁茂し、酸素を金魚に与えている。また、増えたプランクトンは金魚の餌にもなるのだろう。だから、今では餌を少し与え続けるだけで、金魚は生き続けることができる。人の手をちょっと加えるだけで持続する世界―小さな理想の生存圏をそこに垣間見た気がした。
(生存圏フォーラム会員 京都大学助教 鈴木 史朗)