生存圏フォーラム 第18回連載コラム
東京都の豊洲市場の問題が報道されています。問題の要因の一つに土壌汚染があります。報道では、ベンゼン、クロム、ヒ素等が検出されたとのことです。食を扱う市場の移転先として安全性に不安を持たれるのは無理もありません。
私は学生の頃から環境汚染物質分解菌の研究をしてきました。そのせいか、問題となっている豊洲市場の土壌中にどんな菌(微生物)がいるのかとても気になります。なぜなら、汚染された土壌からは、その汚染物質の分解菌が見つかることが多々あるからです。「どんな菌なのか?」「どのようにして汚染物質を分解しているのか?」「どこからやってきたのか?」等を知りたくなります。
一つ例を挙げます。日本の公害の原点とされる水俣病は、某企業が熊本県水俣湾に大量に流してきたメチル水銀によるものでした。ところが、ある著名な先生の生態学的調査において、メチル水銀で汚染された水俣湾の海底のヘドロからは多くの水銀分解菌・耐性菌が見つかり、しかも、そのメチル水銀を金属水銀とメタンガスに分解していました。なお、金属水銀は気化して自然の物質循環に組み込まれていきます。要するに、目には見えない微生物がメチル水銀という有毒な化学物質を分解することで水俣湾の汚染を浄化していたわけです。
生存圏研究所の概要・リーフレットに目を通していただくと研究所の理念として「地球の診断と治療」と書かれています.微生物が汚染現場でその汚染を浄化しているということは、「地球の悪いところを治療している」と言っても良いかもしれません。そんな微生物の能力を分子レベルで解明し、真摯に学ぶことで,汚染の浄化はもちろんですが、さらに、その能力を活かして廃棄物や未利用の資源から有用物質を生産することもできるかもしれません。
最後に、このような環境汚染物質分解菌が汚染を浄化するのは、私たち人類のためではなく、厳しい自然環境の中を必死に生き延びていくためです。これまでに自然には存在しない化学物質を分解できる微生物が多く見つかっています。それだけでも不思議ですが、このような微生物はある日突然無から生じたわけではありません。土壌中に元々いた微生物が汚染物質を分解できるように適応・進化した(している)からであると考えられています。一方、汚染が浄化されてくると、何故か忽然と分解菌がその場からいなくなってしまうのも事実です。その現象は神秘的でさえあります。変な言い方をすれば、環境汚染物質分解菌は汚染がある時にしか出会えない、または、汚染があったからこそ出会えた微生物と言えます。
(生存圏フォーラム会員 京都大学助教 渡邊 崇人)