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生存圏フォーラム 第5回連載コラム

「セルロースナノファイバー」

 20世紀を支えた化石資源由来の材料から、持続型資源由来の材料への産業資材転換が叫ばれる中、太陽の光により大気中の二酸化炭素を吸収固定して生産される植物バイオマスのマテリアル利用に関心が集まっている。植物の基本構成単位が細胞であることは良く知られているが、その細胞が幅4-20nmのナノファイバーで構築されていることについてはほとんど知られていない。驚くべきことに、このナノファイバーは細いだけでなく、セルロース分子鎖の伸び切り鎖微結晶で出来ているため、鋼鉄の1/5の軽さで、その5倍以上の強度を有している。また、線熱膨張係数がガラスの1/50以下と極めて小さい。さらに、可視光の波長に対して十分に細いので、光の散乱を生じない。

 近年、木材などの木質バイオマスから、この結晶性ナノファイバーを取り出し、材料として使う取り組みが世界中で活発化している。セルロースナノファイバーの製造、機能化、構造・複合化に関する研究である。ナノ素材としての研究の歴史は、まだ10年ほどといってよい。しかし、この10年の動きは目覚ましい。大きな比表面積に加え、軽量、高強度、低熱膨張といった優れた特性を示すセルロースナノファイバーは、次世代の大型産業資材あるいはグリーンナノ材料として注目され、構造材料、透明材料、包装材料、フィルター材料などへの開発が進み、論文発表や特許出願は2004年以降、うなぎ上りに増えている。リードしているのは、森林資源が豊かで製紙産業が盛んな北欧、北米、そして日本である。最近は、中国のキャッチアップも無視できない。 

 我が国は、製紙、化学、樹脂、自動車、電気・電子機器など世界に誇る高度なものづくり産業が狭い国土に集約的に存在している。一方、一歩、街を離れれば、そこには国土の7割を覆う森林がある。そのような地理的、資源的優位性を活かして、森林において持続的に生産される高機能低炭素のセルロースナノファイバー、ナノクリスタルから、我が国の得意な分野、技術を活かして高性能の大型部素材を製造し、自動車や情報家電にどんどん組み込み世界に向けて大いに売って行くことになれば、原料から最終製品までのすべてがMade in Japanの未来型産業になる。これは我が国の産業の理想像である。
(生存圏フォーラム会員 京都大学教授 矢野 浩之)