生存圏フォーラム第47回連載コラム
夜桜を見ながら
今年も桜咲く季節がやってきた。沖縄を除く日本列島では通常、九州と南関東でまず開花宣言が出され、続いて近畿、北関東、そして北陸、東北、北海道と桜前線が北上してゆく。桜は日本を代表する花木として、日本人自体にも外国人にも認知されている。そして、桜を愛でた和歌や歌は数知れない。有名どころでは西行は「願わくば花のしたにて春死なむ、その如月の望月のころ」と詠み、本居宣長は「しきしまのやまと心を人とはば、朝日ににほふ山ざくらばな」と吟じている。近年の歌手では、森山直太朗、福山雅治などが、桜を題材とした歌を作っている。それだけ桜は日本人の心に染み入る存在なのだろう。
桜と言えば、多くの人はソメイヨシノを思い浮かべると思う。ソメイヨシノは江戸時代、江戸郊外の染井(現在の東京都豊島区駒込一帯)の植木屋がエドヒガン系統の桜とオオシマザクラを人工的に掛け合わせて出来たと言われている。葉より花が先に展開し、樹木全体が桜色に染まる。ソメイヨシノは実がなることがあるが、雑種であることからその種子から芽生えた幼木は性状が固定しないため、増殖は主に接木や挿し木で行われている。つまり、端的に言えば全てのソメイヨシノは、同一の遺伝子構成を持ったクローン個体であることから、それぞれの場所で同時期に咲くのである。
太閤秀吉が京都の醍醐寺で観桜会を開催したときの桜は、もちろんソメイヨシノではなかったが、江戸時代に花が先に咲くソメイヨシノが生まれてからは、その妖艶さと散り際の良さから全国的に広がり、桜と言えばまずソメイヨシノを思い浮かべるようになったと思われる。旧日本軍では、潔く戦って散ることとソメイヨシノの散り際の良さが結び付けられたようで、駐屯地には桜が盛んに植樹されたと聞いている。太平洋戦争を経験した方は、桜花が特攻隊を想起させ、嫌な思いを持つかもしれない。
ソメイヨシノの樹木としての寿命は一般に約50~60年という。樹木の中では生存期間が比較的短い部類に入るだろう。毎年春に花を咲かせ、一週間程度したら花びらをここぞとばかりに散らし桜吹雪が舞う。そう考えると、ソメイヨシノは太く短く生きることと重ね合うようにも思われる。対して現代に生きる私たち人間の場合はどうだろうか?これまでにないスピードで進む世界的な人口増加と資源の枯渇を考えると、現代の人類は、忍耐や持続という、ソメイヨシノとは違って、細く長く生きることが求められているようにも感じる。歩みは遅くとも持続的に発展する社会の構築に向けて、生存圏科学の発展はますます重要になってくるのではないか?夜桜を見ながら、一献傾けつつそのような思いを巡らせた。
(生存圏フォーラム会員 京都大学助教 鈴木史朗)
ソメイヨシノ