京都大学生存圏研究所 森林圏遺伝子統御分野 大学院農学研究科応用生命科学専攻

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研究内容

生合成

植物が生産する代謝物の種類は100万種にも及ぶとされており、この多様性を担うのが特化代謝産物(二次代謝産物)です。特化代謝産物は、植物にとっては病原菌や捕食者といった外敵からの防御、また紫外線や栄養欠乏への適応など、過酷な環境の中を生き抜くのに貢献しています。さらに、植物特化代謝産物は医薬原料や機能性成分、天然色素や香料など、私たちの生活を支えてくれる成分も多く含むため、未来の脱炭素社会を支える天然資源としても注目されています。しかしながら、このような化合物を植物が如何にして作っているのか、その生合成機構は未だ謎だらけです。この謎を解き明かすと、作物の有用成分や有毒成分の含量をコントロールする、また異種生産系で有用成分を大量生産させるといった様々な応用展開に繋がります。そこで私たちの研究室では、作物や薬用植物が持つ人に身近な特化代謝産物に着目し、それらの生合成の研究を進めています。

人の生活を支える多様な植代謝産物(成分)

1. プレニル化酵素

大豆イソフラボンや茶カテキンなど植物の(ポリ)フェノール成分は、ヒトの健康によい天然物質として広く認識され、皆さんもいたるところで耳にすると思います。中でも機能性や生理活性が顕著に高いフェノール成分として、プレニル基と呼ばれる「ひげ」のような化学修飾を持つ「プレニル化フェノール類」が多くの薬用植物や作物から見つかってきました。プレニル基は、これら化合物の示す生理活性に大きな役割を果たしているため、私たちは植物フェノールの高機能化を担うプレニル化酵素の研究を進めています。この酵素ファミリーについては、世界初の遺伝子報告を私たちの研究室で達成した歴史があります。それをきっかけに、ビールの苦味の元となるホップの苦味酸、キク科植物の抗肥満活性成分アルテピリンCなど、様々な有用プレニル化フェノール類について、生合成の鍵となるプレニル化酵素遺伝子を報告してきました。現在は、植物が様々なプレニル化酵素遺伝子を獲得した進化に関する基礎的な研究や、プレニル化酵素を活用して有用プレニル化フェノール類を微生物に作らせるといった代謝工学的な応用研究にも取り組んでいます。

(2019)アルテピリンC合成酵素の発見とその生産 -雑草の遺伝子から生理活性物質の生産へ-

高機能性フェノール類の鍵となるプレニル化酵素ファミリー

2. フラノクマリン生合成

フラノクマリン類は植物フェノール類の1つであり、柑橘類やイチジク、またパセリなど身近な食物に蓄積しています。昆虫や病原菌といった外敵からの防御を行う一方で、人間にも毒として作用してしまいます。フラノクマリン類は紫外線照射下でゲノムDNAと反応する光毒性(光感作性)を示すため、フラノクマリン類を蓄積する作物や野生植物に野外で触れることで、皮膚炎を発症するといった被害例が報告されています。また特に柑橘製品に含まれるフラノクマリン類が、ヒトの腸管などで薬物の分解を行うP450酵素を不活性化するために、同時に経口投与された薬物が長時間体内にとどまり、副作用のリスクが高まるという薬物動態かく乱が報告されています。これだけ聞くと悪者のようですが、フラノクマリン類は有益になるケースもあります。特にその光感作性は、実際にアトピー性皮膚炎などの皮膚疾患の治療に用いられています。このように益・不益の両面を有するフラノクマリン類を上手に利用するには、植物がどのようにして、またどこでこの成分を生産しているのかを詳細に理解する必要があります。

そこで私たちは、作物種を対象にフラノクマリン生合成酵素遺伝子の同定を進めています。また、フラノクマリン類を高生産するという共通の能力を持つ植物種同士が、なぜか植物分類上は互いに遠縁であるという謎にも着目し、生合成酵素遺伝子を植物科間で比較解析することで、フラノクマリン類の生産能力が植物科ごとに独立して獲得されたことを提唱しました。現在は、オミクス解析などを活用しながら未知の酵素遺伝子の探索、また生合成関連遺伝子群の発現制御にも対象を広げて、フラノクマリン生合成の解明を進めています。

植物毒成分フラノクマリン類の生産種と毒性発揮のメカニズム

3. 揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds: VOC)

植物特化代謝産物の中でもVOCには、私たちが花や果実の香りなどとして感じるものが含まれます。植物VOCは、植物の生存にとっても大事な成分である他、意外かもしれませんが実は天気との関係も深いです。VOCは植物体外へと放出された後、花粉を運んでくれる昆虫の誘因や、逆に捕食生物の忌避など生物間の相互作用に関わっています。さらに、植物VOCは大気圏にまで達し、その年間の放出量は109トン(炭素換算)に及ぶと考えられています。これは人為的活動に由来するVOC放出量の約9倍です。この大気中のVOCはただ漂っているだけではなく、酸化反応の後に雨雲の核になるなど、実は気候・気象にまで影響を及ぼすことから、植物VOCは地球温暖化を考える上でも重要な因子です。そこで私たちは、植物VOCの中でも放出量・化合物種が共に最も多いテルペン類に着目して、その生合成の研究を行っています。このプロジェクトは学術変革A「植物気候フィードバック」領域の中で、様々な研究機関と連携しながら、植物VOCの地球全体での影響を解明する一環として取り組んでいます(植物気候フィードバックHPリンク)。

植物VOCの生態系及び気候への影響

4. 薬用/染料植物ムラサキとシコニンの生合成と細胞外分泌

赤色色素であるシコニンの生合成と細胞外分泌

ムラサキ(Lithospermum erythrorhizon)は高さ80 cm くらいになる多年生の植物です。この植物は根にシコニンと呼ばれる赤色色素を蓄積しますが、この化合物にはさまざまな薬効が知られ、薬用・染料植物としても長い歴史があります。1980年代にはムラサキ培養細胞を使ったシコニン生産が工業科されましたが、未だ生合成経路は完全には解明されておらず、本研究ではその解明に取り組んでいます。またシコニンは脂溶性なのですが、細胞外にびっしりと赤い顆粒として蓄積してきます。この赤い脂質がどうやって細胞外へ分泌されるのか、そこも科学上の「大きな疑問」です。本研究ではその分子機構を明らかにしようとしています。

ムラサキをめぐる文理融合研究

ムラサキの根(紫根)は薬用のみならず染料植物として、飛鳥時代より冠位十二階の最上位の色に代表され、最高位の法衣など高貴な人のみが着用を許された紫色を得る植物です。こうした色を禁色と言います。衣服だけでなく、国宝の「国分寺経」の紫紙金字や、空海が関わった「高尾曼荼羅」の染色にも使われた特別な天然色素原料です。奈良時代に紫根は租税の対象として朝廷にも納められ、江戸歌舞伎の助六の鉢巻にも使われるなど1400年余りも日本の伝統文化で重要な役割を果たしてきたのです。しかし、ムラサキは絶滅に瀕しており、外来種のセイヨウムラサキ(L. officinale)との交雑も危惧されています。一方、人気の裏で交雑種と疑われる苗の販売もなされています。

本研究では、飛鳥時代から税として全国で栽培させたムラサキの足跡を、ゲノム解析から地理生物学的に解き明かし、西洋ムラサキとの区別ができるマーカー遺伝子の開発を行っています。そして、日本の歴史文化にとって重要なこの植物資源を保護し、生きた文化として後代に継承すること目的としています。

(2023) 日本の伝統文化と植物科学を結ぶ「紫」の糸―絶滅危惧植物ムラサキをめぐる昔と今―

輸送・蓄積・分泌

植物の特化代謝産物の中には、生合成された後、特定の器官・細胞種に輸送され、蓄積するものが多いです。また逆に植物体外に分泌されて他の生物とのコミュニケーションといった機能を果たす化合物もあります。このように、植物成分の生産の仕組みを考える際には、生合成に加えて、輸送や蓄積、分泌といった現象も考えることが大事です。そこで私たちは輸送・蓄積・分泌になう分子メカニズムの解明に取り組んでいます。

1. 脂溶性成分の植物体体内の蓄積

柑橘類の果皮を見ると、ぷつぷつが無数に存在するのはみなさん想像していただけると思います。このぷつぷつ1つは分泌腔と呼ばれる細胞間隙(細胞と細胞の隙間)であり、ミカン科植物は周りの細胞から分泌腔に脂溶性の特化代謝産物を輸送し、蓄積します。その中には香り成分、化学防御物質などが含まれます。セリ科植物も分泌腔とは見た目が異なりますが、管状の細胞間隙である油管を発達させ、そこに多様な成分を蓄積します。このように植物は体内にある隙間に代謝産物を蓄積する能力を持つのですが、細胞間隙への物質輸送を担う因子、この隙間に成分を隔離させておくメカニズム、またこの蓄積に特化した区画自体がどの様にして発生するのかなど、ほとんどが未解明です。そこで本研究では、ミカン科の分泌腔やセリ科の油菅に関する輸送・蓄積の分子機構の解明に取り組んでいます。このメカニズムが明らかになると、様々な有用成分について蓄積量を上げる、蓄積部位を増やす・大きくするといったエンジニアリングに繋がります。

ミカン科植物とセリ科植物が持つ特殊な成分蓄積部位

2. 植物の揮発性有機化合物(VOC)

植物が生産するVOCには多彩な香りを持つものが多く、我々の生活の中の様々な場面で香料として利用され、ハーブやスパイスも香りを楽しむ食品・飲料として使われています。中には多様な生物活性を示すものもあって、それらは薬用としても活用されています。ミントやバジルなどに代表されるハーブの多いシソ科などでは、香気成分は葉の表面にできるわずか0.1 mm程度の小さな毛(腺鱗といいます)の中で特異的に作られ、そこから分泌されてたまっています。一方バラの花などでは触れなくても香りは放散されてきます。これまでの研究から、香りを代表するモノテルペン類の多くは細胞内の色素体でMEP経路により作られることもわかっています。しかし、全ての香り成分の生合成がわかっているわけではなく、依然不明なものも多く残されています。

植物の香り成分の研究においてもう一つ大きな謎とされているのが、どうやって腺鱗の中の分泌細胞が香り成分を分泌しているのかです。本研究では、未同定の香り成分の合成酵素の同定と、テルペン系VOCの輸送因子の研究に取り組んでいます。

3. 根圏への分泌

植物特化代謝産物の中には根から土壌中に分泌され、植物の栄養吸収を支えたり、病害虫からの防御したりするなど、植物の生存戦略として重要なものが知られています。植物特化代謝産物の根から土壌中への分泌には、受動的な拡散だけでなく、輸送体等のタンパク質を介した能動的なプロセスが関与しており、植物は生育環境に応答して分泌量を変化させます。例えば、ダイズ根からのイソフラボン分泌は窒素欠乏条件で10倍程度増加しますが、このプロセスにはにはABC型の輸送体が関与することが示唆されてきました。他にもソヤサポニンを分泌するMATE型輸送体、糖を分泌するSWEET輸送体も見つかっています。

イソフラボンの分泌についてはABC型の輸送体を介する経路だけでなくアポプラストに局在するβ‐グルコシダーゼ(ICHG)も関与が示唆されてきました。私たちは、ダイズ変異体スクリーニングより得られたichg変異体を用いることで、ICHGがダイズ根圏でのイソフラボン蓄積に貢献することが明らかにしました。このように根圏への植物特化代謝産物の分泌は複数の経路が存在しますが未解明の遺伝子が多くあります。変異体の解析や候補タンパク質の輸送活性測定など、様々な手法で、根圏で働く重要な植物特化代謝産物がどのように根から土壌中に移動しているのかを明らかにしたいです。

(2023) ダイズ根圏へのイソフラボン供給量を増やす酵素を発見―植物が機能性成分を根から土壌へ分泌するメカニズムの理解に貢献―

根圏

植物の根の周り、植物根から影響を受ける領域を「根圏」とよびます。根圏は根から何ミリの領域と決めるのは難しいですが、数ミリ以内の根に密着した土壌と想像してください。根圏には植物の根から分泌される多様な代謝物に加え、土壌微生物の生産する代謝物、植物と微生物の相互作用により生み出される代謝物など多様な代謝物が存在します。それらの中には栄養分の吸収や土壌微生物との共生など植物の生育に貢献するものも多く知られています(下図)。

根圏には多数の微生物も存在し、地球上で最も微生物の多い環境の一つです。根粒で窒素固定を行う根粒菌のような植物細胞内共生をする微生物に加え、根の内外にゆるやかに共生する微生物が植物種に特徴的な微生物のコミュニテイー(マイクロバイオータ)を形成します。マイクロバイオータがどのように形成され、植物の生育に影響を与えるのかについて、根圏の代謝物の分析、根圏から分離した微生物のゲノム・機能解析、植物生長の解析などを通して研究しています。全国のダイズ圃場でサンプリングした根圏土壌を用いたマルチオミクス解析にも取り組むなど、実験室から圃場まで幅広く研究しています。ここでは、イソフラボンとトマチンについて紹介しますが、ソヤサポニン、ニコチン、サントパイン、クマリン、カフェインなど多種多様な代謝物を対象として研究しています。

1. イソフラボンに関する研究

ダイズは根からイソフラボンを分泌し、ダイズに共生する根粒菌は、根圏のイソフラボンに応答してNodファクターを合成します。根粒菌のNodファクターがダイズ根細胞表面の受容体に結合することで根粒形成がはじまります。イソフラボンが根粒形成のシグナル分子であることは1980年代に明らかにされました。私たちの研究室ではイソフラボンがダイズ根圏で根粒形成以外にも働いているのではと考え、標品添加系(※)とよばれる実験系を考案し、イソフラボンを土壌微生物コミュニティーに作用させました。その結果、イソフラボンの一種であるダイゼインがコマモナス科の細菌を増加させることを見出しました。ダイゼインを添加した土壌の微生物コミュニティーはダイズ根圏の微生物コミュニティーに近づくことから、イソフラボンはダイズ根圏で根粒形成と根圏微生物叢形成の2つの役割があることが明らかになりました。

ダイズ根圏から様々なコマモナス科細菌を単離し、そのゲノム配列の解析や各種遺伝子の機能解析により、ダイズ根圏のコマモナス科細菌にはイソフラボンを資化するための遺伝子クラスターが存在し、ダイズ根圏でイソフラボンが酸化的に代謝される経路を見出しました。土壌細菌がこれらの遺伝子を有することでダイズ根圏での生育が有利になることが示唆されます。現在、イソフラボン代謝遺伝子や他のフラボノイドの代謝遺伝子が根圏での植物マイクロバイオ―タの相互作用にどのように関わるのかについての研究に取り組んでいます。さらに、根圏の植物微生物相互作用を活用した有用物質生産の研究開発も様々な研究機関と共同で推進しています(リンク:https://www.jst.go.jp/gtex/field/bio/2023/03-nomura.html)

(※)標品添加系:試験管などの容器に入れた土壌に、植物代謝物を化合物標品として加え、植物の根圏に近い濃度で培養する実験系。化合物標品が入手できれば実験が可能なので、イソフラボン、トマチン以外に様々な化合物を用いて実験を行っている。

プレスリリース:
(2024)ダイズ根圏細菌のイソフラボン代謝遺伝子クラスターを発見―根圏形成メカニズムの理解や有用物質生産に貢献―
(2020)ダイズの分泌物「ダイゼイン」が根圏微生物叢を形成することを解明 -根から数ミリの土壌で働く植物特化代謝物-

2. トマチンに関する研究

トマトが生産するトマチンは有毒成分で葉、根、青い果実などに蓄積しトマトを外敵から守りますが、私たちが食べる赤い果実ではほとんど含まれていません。私たちの研究室ではトマトが根からトマチンを分泌し、トマト根圏でスフィンゴビウム属の細菌を増加させることを見出しました。スフィンゴビウム属細菌はトマチンに対する正の走化性を有しており、土壌中でトマトの根が分泌したトマチンに誘引されてトマト根に定着すると考えられます。この現象を再現するために、ムライトセラミックチューブを疑似根としてトマチンを分泌させ、トマチンの濃度勾配を作ることでトマト根圏を模倣し、トマチンを介してスフィンゴビウム属細菌が増加する現象を再現しました。さらに、トマト根圏由来のスフィンゴビウム属細菌RC1株(JCM36668株)のゲノム配列の解析や遺伝子の機能解析により、トマチンを分解する遺伝子群を同定しました。トマト根圏のスフィンゴビウム属細菌は有毒なトマチンを分解し栄養源にすることができます。現在、スフィンゴビウム属細菌がトマトの生育に与える影響やトマトとトマト根圏マイクロバイオータとの相互作用におけるトマチン分解遺伝子の機能についての研究を行っています。

プレスリリース:
(2023)トマト根に定着する細菌からトマトの毒を分解する酵素を発見―土壌微生物が植物の分泌する有害成分を解毒するメカニズムの理解に貢献―
(2021)トマトのトマチンによる根圏細菌叢の制御 ?トマト苦味・有毒物質の根圏での新しい機能?

3. 根圏特化代謝産物に関する研究

植物は100万種を超える代謝物を生産し、多くの代謝物が根から土壌中へと分泌されますが、機能が未知ものがまだまだあります。土壌中には細菌やカビなど多様な微生物が生息しており、それらの微生物が生産する代謝物もあります。さらに、植物と微生物が相互作用することにより初めて生産される代謝物も存在します。例えば、8-ヒドロキシダイゼインという代謝物は植物が生産するダイゼインが土壌細菌の酵素により代謝されることで初めて生み出されます。メタボローム解析は根圏土壌中の代謝物(植物由来、微生物由来、相互作用により初めて生み出されるもの)を網羅的に解析する技術です。私たちの研究室ではメタボローム解析により土壌中の未知の代謝物の発見とその機能解明に取り組んでいます。2017年~2023年に実施したCRESTプロジェクト では、根圏メタボローム解析によりヘアリーベッチ根圏にオカラミンを発見しました。オカラミンはペニシリウム属のカビをオカラ培地上で培養したときに生産される殺虫活性物質ですが、自然界では見つかっていませんでした。土壌、特に根の周りの根圏土壌には未知の代謝物がたくさん眠っています。根圏の新しい代謝物を発見し、その機能を応用することを目指しています。

プレスリリース:
(2020)ダイズ根圏に殺虫活性物質オカラミンを発見 -土の中の遺産「根圏ケミカル」をメタボローム解析で明らかに-

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