RISH header
RISH header 2 events
ichiran

第64回定例オープンセミナー資料

2007年11月28日

題目

レーザーレーダーを用いた大気圏・森林圏のフィールド観測

発表者

中村卓司 (京都大学生存圏研究所大気圏精測診断分野・准教授)

要旨

生存圏研究所の大気研究グループでは、1984 年に完成した信楽 MU 観測所 MU レーダ(中層超高層大気観測用大型レーダー: 地上 1–2 km から高度 500–600 km の超高層大気の運動を観測)を中心に、流星レーダー(高度 80–100 km の風速)、境界層レーダー(高度 2–3 km までの風速)、下部対流圏プロファイラ(高度 4–5 km までの風速)、下部熱圏プロファイラーレーダー(LTPR: 高度 90–150 km の電離圏のイレギュラリティ)、ミリ波レーダー(雲および霧の観測)など種々の大気レーダーを開発し、観測を行なってきた。一方、それまでの電波によるレーダー観測から、光(レーザー光)を用いたレーダー観測(ライダー観測)を 2000 年に信楽 MU 観測所で開始した。大型のレイリー・ラマンライダーシステムを開発し、高度 10 km から 90 km までの温度と高度 10 km までの水蒸気を観測してきた。

ライダーは、レーザー光パルスを上空に送出し、大気の分子(窒素、酸素他)からのレイリー散乱、エアロゾル(空気中の液体・固体の粒子)や雲粒からのミー散乱、種々の分子からのラマン散乱、それに原子やイオンなどからの共鳴散乱などで散乱される後方散乱信号を望遠鏡で受信し、その強度(光子数)の高度分布・距離分布を観測して、大気の情報を高度分布・距離分布として計測する手法であり、濃い雲や霧などによる観測不能時間以外には、時間連続にデータを取得することができる。

信楽 MU 観測所のライダーシステムは、出力 30 W (600 mJ × 50 Hz) の Q スイッチ Nd: YAG レーザー (532 nm) を用い、受信望遠鏡は直径 82 cm のカセグレン望遠鏡を使用している国内では最大級の大型のシステムである(図 1)。2001 年以降は、さらにラマンライダーに回転温度を計測する機能を付加して、それまで困難であった対流圏の温度観測を可能にし、地上 1 km から 90 km までの温度を連続的に観測することが可能となった(図 2)。この回転ラマンライダーについては、その後各地のライダーで観測が行なわれるようになっている。受信は、532 nm (高高度、低高度)、同ライダーでは、中層大気の大気重力波をはじめ、対流圏の巻雲、水蒸気の時空間変化、乱流散乱層の観測など、MU レーダーその他の測器と様々な協同観測が行なわれている。

同ライダーシステムは、強力なリモートセンシングツールであるが、観測が信楽上空に限られる点が制限となっていた。そこでとくに地面付近の境界層内にその大部分が含まれる水蒸気の観測を種々のフィールドで行なうために、小型のラマンライダーの開発に 2003 年から取り組んできた。当初は、高度 200 m の水蒸気を昼夜モニターし、レーダー観測と組み合わせて水蒸気プロファイルを常時観測するシステムの開発をめざし、出力 0.6 W (30 mJ × 20 Hz) の Q スイッチ Nd; YAG レーザーを用い、口径 35.5 cm の望遠鏡で移動用のラマンライダーを開発した(図 3)。受信信号は、干渉フィルター、ビームスプリッタなどからなる分光計を通し、PMT (光電子増倍管)で光子計数される。532 nm (弾性散乱)、607 nm (窒素ラマン散乱)、660 nm (水蒸気ラマン散乱)の 3ch の検出器を有する。昼間は高度 400–500 m まで、夜間は 3–4 km までが観測可能なシステムを得ることができた。同ライダーは総重量が 150 kg 程度で、車載での移動が可能である。本ライダーは、信楽での試験観測のあと、同観測所で水平方向の観測も行い、国有林上空の水蒸気が約 10 % の時間空間変化を示すことを見出した。また、火山噴気中の水蒸気の分布を観測するために、ワンボックスカーで車載移動し阿蘇山中岳での火山噴気の計測実験を行なった(京大・理付属地球熱学研究施設火山研究センター・寺田暁彦研究員(現)、北海道大学・理学研究科・橋本武志准教授らとの共同研究)。この実験では、噴気中の水蒸気信号を充分な強度で観測できることを確認した。このライダーは、2006 年 4 月に沖縄の NICT 観測所に移設され、現在まで亜熱帯モンスーン域の水蒸気観測を連続して行なっている。夜間に高度 3 km 程度までの水蒸気と後方散乱比(エアロゾルや雲粒子などの量)を観測している(図 4)。

上記のライダー(2 号機)は、可搬型とはいえ車での移動が必要であったので、さらに可搬性を高めて、森林大気や火山噴気などの観測に、車でのアクセスの困難なフィールドでも対応できるように、ライダーの小型化を行なった。この 3 号機は、観測時間を夜間に限定して検出素子に高感度の GaAsP を光電面とした PMT (光電子増倍管)を用いることで望遠鏡の大きさは口径 20.3 cm まで小さくしてもより感度の高いシステムを得ることができた。また同システムはライダー装置を移動式の三脚の上に載せており、可搬性を増している(図 5)。総重量は 50–60 kg で 2–3人 の人力で移動が可能なシステムである。このライダーを用いて、本年 6 月には阿蘇山中岳で水蒸気分布の観測を行い、火山噴気中の水蒸気量を求めることに成功した(図 6)ほか、10 月には北海道登別温泉の大湯沼での火山噴気観測を行なった。このときには水蒸気の水平 2 次元分布の観測も行い、現在データを解析中である。また、同ライダーは現在滋賀県の桐生のヒノキ林での CO2 フラックス観測サイト(農学研究科、谷誠教授グループの観測地)での森林大気の水平分布の観測を目指して、調査を行なっている。本年度は、同ライダー装置を完全バッテリー駆動化させ、移動観測用の装置に完成させる予定であり、今後種々のフィールドでの観測に応用したいと考えている。

中村卓司: 第64回定例オープンセミナー(2007年11月28日) 図 1

図 1 信楽のレイリー・ラマンライダー装置と観測風景

中村卓司: 第64回定例オープンセミナー(2007年11月28日) 図 2

図 2 信楽のレイリー・ラマンライダーで計測される温度の例

中村卓司: 第64回定例オープンセミナー(2007年11月28日) 図 3

図 3 小型ラマンライダー(2 号機)の外観、観測風景 現在、沖縄の大宜味大気観測施設 (NiCT) で観測中。

中村卓司: 第64回定例オープンセミナー(2007年11月28日) 図 4

図 4 沖縄での水蒸気(下)と後方散乱比(上)の観測結果

中村卓司: 第64回定例オープンセミナー(2007年11月28日) 図 5

図 5 フィールド観測用小型ラマンライダー(3 号機)と観測風景(阿蘇山中岳)

中村卓司: 第64回定例オープンセミナー(2007年11月28日) 図 6

図 6 阿蘇中岳で測定した水蒸気の水平分布(左)と後方散乱比(右)