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第6回(2004年第3回)定例オープンセミナー資料

2004年12月24日 (その2)

題目

アカシア大規模造林における持続的・循環的生産システム構築のための栄養塩および微量必須元素のフロー解析

発表者

小林正彦 (京都大学生存圏研究所・ミッション専攻研究員)

関連ミッション

  • ミッション 1 (環境計測・地球再生)
  • ミッション 4 (循環型資源・材料開発)

要旨

はじめに

生存圏科学という新しい学問領域の構築

生存環境圏を大気圏、水圏、森林圏、人間活動圏と4圏から構成されるとしたとき、各分野で独立した研究および技術の蓄積はあるが、これらを生存圏科学という新しい枠組みで捉え連結し循環性を考えたときに、各分野の連結部に解決すべき新しい問題が生じる。分野間の協力と相互理解、すべてを把握し全体を総括し循環性を評価することにより問題を解決する。

アカシアマンギウム大規模造林地を中心に生存圏資源循環の一モデルを構築し、普遍的な、他の系にも導入が可能な一連の循環型総合技術の開発をめざす。

小林正彦: 第6回(2004年第3回)定例オープンセミナー(2004-12-24) 第1図

現在進行中のアカシアプロジェクト

現在、ミッション 1 「環境計測・地球再生」、ミッション 4 「循環型資源・材料開発」に関係して、インドネシア・スマトラ島南部に広がる 19 万ヘクタールのアカシア大規模造林地をフィールドとして、「木質資源の生産利用と環境保全の調和」を目指し、次の 4 課題が進行している。

  1. 衛星観測、大気観測による人工林の動態の俯瞰的把握。
  2. 土壌、森林および大気間の炭素、酸素、水蒸気などの物質循環の精査。
  3. 物質フロー解析や、ライフサイクル評価による環境影響評価。
  4. 地域環境と木材生産を維持するための技術開発およびその最適化。

アカシアプロジェクトの中での本研究の位置付け

「地域環境と木材生産を維持するための技術開発およびその最適化(エコノミーとエコロジーの調和)」に関しては、以下の二点が重要である。

○ 利用技術の開発による産業林としての経済性向上

現在、人間生活圏におけるアカシアマンギウムの利用技術開発に関してはさまざまな取り組みがなされている。現状では木部はパルプ原料のみに用いられているが、ユーカリ等、他地域からの原料と競合しているため、集成材、建築用資材等への利用が検討されている。また、樹皮からは微粉化と篩い分けといった物理的操作のみにより高純度のタンニン粉末が製造され、接着剤等への利用が検討されている。しかし今後、他樹種との競合が激化する中で、アカシアマンギウム由来のタンニン固有の特異的な利用方法の開発が不可欠であろう。

○ 原料供給源である森林の保全

現状で最も懸念される問題の一つとして、丸太搬出による林地からの養分収奪が原因となる樹木の生育不全、その結果として起こる木材の持続的生産の破綻が挙げられる。つまり、森林圏から人間生活圏に木材を持ち出すことにより、もともと森林が持っていた再生産性を奪うことになるということである。ましてや7年ほどで製品として利用できるほどに急激に成長するアカシアマンギウム単一林の場合、その収奪量は他の樹木で構成された森林と比較し大量となることが推測できる。木材生産を維持するためには、木材の林地からの収奪により、どのような物質がどのくらいの量、どのような形で奪われているかを精測し、何らかの手法を用い収奪した分を適当な形で林地に還元する必要がある。

この点について、利用できる部分に関しては林地への還元は不可能であるが、これらを製造する過程で排出される廃棄物を林地に還元することは可能であると考えられる。実際、バイオマスとして林地から搬出される丸太のうち約8%が樹皮であり、樹皮は搬出された全バイオマスに対し、リン (P)、カルシウム (Ca)、窒素 (N)、カリウム (K)、マグネシウム (Mg) をそれぞれ 17 %、40 %、20 %、15 %、10 %含んでいる(学内客員:太田のデータ)。更に可能であれば木部をパルプ化したときに排出されるパルプ廃液などの安全な還元方法も検討すべきであろう。

研究の目的

本研究では、原料供給源である森林の保全という観点からアカシアマンギウム樹皮のタンニン分収後の残渣を安全かつ効果的に更に出来る限り簡便な手法で、林地に還元する技術開発に焦点を絞り以下の検討を行う。

I. アカシア樹皮の残渣を林地に返すことに意味はあるのか? どの部位を還元すればよいのか?

アカシア樹皮のどの部分にどのくらいの量の栄養塩および微量必須元素が含まれているかを精査し、樹皮還元の有効性を検討する。具体的には、樹木の地際から 3 m ごと (0–3、3–6、6–9、9–12) に樹高方向に試料を採取し、採取した樹皮を Outer bark、Middle bark、Inner bark と 3 つの部位に分け、それぞれに対し詳細な分析を行う。

1) ターゲットとすべき元素の選択

生命活動に必要不可欠な元素を必須元素 (Essential elements) という。植物に関しては、生体重量の 99.9 % を占める多量必須元素とその他の微量元素、あわせて以下の 16 元素をさす場合が多い。

C, H, N, O, P, S, K, Mg, Ca, Fe: 多量必須元素 (Major elements)
Cl, Mn, Zn, Cu, Mo, B: 微量必須元素 (Trace elements)

必須元素は、ある濃度領域で欠乏症が観測され、更に低濃度では、生育自体が抑制される。欠乏症は、その元素を投与することによって回復する。

その他、必須ではないが、植物の生育に有効な有用元素として以下の 3 元素があげられる。

Na, Si, Al: 有用元素 (Beneficial elements)

このうち、肥料として与える必要のある元素、つまり環境中に十分存在しておらず植物が生育することで、土壌中に不足する元素は、N, P, K, Mg, Ca, Na である。N に関しては、アカシアマンギウムがマメ科植物であるため、根瘤菌と共生しており、大気中の N を固定するため、増加傾向にある。また、熱帯林では Cu、Zn が不足する傾向にある。

2) 樹皮の分析方法

元素分析: ICP (Inductively Coupled Plasma; 高周波誘導プラズマ)分析、蛍光 X 線分析

II. 対象地域で古くから行われていた焼き畑農業の手法を林地保全に応用できないだろうか?

焼畑とは、山林・原野を伐採してから火をつけて焼き、その灰を肥料として作物を栽培する農法である。新石器時代以来、熱帯や温帯の主として山間地で行われており、数年で地力が消耗すると放置し、長い休閑期を設けて自然が回復すると再び利用するといった自然植生の回復能力に頼った農法である。森林保全への応用という観点からは、炭化、灰化した木質残渣を林地にまくことによる炭の土壌改良効果、灰の土壌酸性緩和・施肥効果などが期待できる。

そこで本研究では、樹皮を灰化および炭化処理し、処理した樹皮を「水抽出」→「イオン交換型抽出剤」→「弱酸、弱アルカリ」→「強酸、強アルカリ」と徐々に条件を厳しくしながら段階的に抽出を行い、どの段階で土壌中にどのような栄養塩、微量必須元素が、どれくらい溶出するかを定量することにより、速効性肥料となり得るのか、または土壌のポテンシャルに寄与し得るのかについて評価を行い、最適な樹皮残渣還元方法の検討を行う。

1) 残渣の処理方法
灰化、炭化

2) 段階的抽出方法
水抽出
イオン交換型抽出剤
弱酸(有機酸、硝酸など)弱アルカリ(水酸化カルシウム、アンモニアなど)
強酸(硫酸、過塩素酸など)強アルカリ(水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど)

3) 分析方法
元素分析(ICP 分析、蛍光 X 線分析)
総イオン濃度、イオン組成の測定

研究の進捗状況

これまでの結果
アカシア樹木中の栄養塩および微量無機成分の分析
地際から 1.3 m、10.3 m で採取したアカシアマンギウム樹皮を手選別により Outer bark、Middle bark、Inner bark と 3 つの部位に分け、それぞれに対し ICP 発光分光分析装置を用い、定性分析を行った。

1) 実験方法

樹皮を 20 メッシュのフィルターを備えたワイリーミルを用い粉砕した。粉砕した絶乾樹皮粉末 1 g に 69 % の濃硝酸 20 ml を加え、攪拌還流下で、150 ℃に加熱し、60 分反応を行った。室温まで冷却した後、30 % の過酸化水素水を 10 ml 加え、再び、攪拌還流下で、150 ℃に加熱し、90 分反応を行った。室温まで冷却した後、蒸留水を加え100mlの測定試料溶液を調製した。

ICP 発光分光分析には SPS7800 シリーズ 卓上型 ICP 発光分光分析装置(セイコーインスツルメンツ株式会社製)を用いた。

2) 結果と考察

K、Ca、Na の分析結果に関しては、樹高によらず Inner bark に多く含まれていることが示された。P の分析結果では、同様に Inner bark に多く含まれているが、Bottom のサンプルにより多く含まれていることが示された。また、Mg、Mn の分析結果に関しては、Top のサンプルに多く含まれていることが示された。特に Cu は、Bottom のサンプルにより多く含まれていることが示された。一方、Zn、Cu、Fe の分析結果からは Outer bark に多く含まれている傾向が見られた。また、Mo、B、C の分析結果からは、部位による違いはほとんど観察されなかった。

最も樹木の栄養として量的に必要な元素 K、P に関しては、内樹皮中に多く含まれており、タンニンは樹高の低い部位の外樹皮に多く含まれていることから、うまく分離することが出来れば、林地により多く還元できるものと考えられる。一方外樹皮に多く含まれている Zn や Cu に関しては、タンニンを分離する際に同時に樹皮残渣から除去される可能性が高く、還元できる量は減少すると考えられる。特に、Cu は地際付近に存在しているため、収奪される可能性がある。

3) 結論

定性分析であるため、おおよその結果ではあるが、樹木の部位別の元素濃度にある程度の傾向が見られた。また、タンニンパウダー製造工場から実際に排出された樹皮残渣の測定結果から、残渣は外樹皮に多く含まれている Cu、Zn などの成分は少量しか含んでおらず、内樹皮に多く含まれている K、P などの成分を多く含んでいる傾向が見られた。しかし、更に信頼性の高いデータを得るために、定量分析を行うことが急務である。また、ICP 発光分光分析では、N、Cl など測定が不可能な元素や、S など検出が困難な元素が存在するため、これらの元素に関しては、蛍光 X 線分析等他の方法を用いて検討する必要がある。今後は、これらのデータを基に木質残渣を効果的に土壌へ還元する方法(炭化・灰化処理等)の検討へと研究を進めていく予定である。

小林正彦: 第6回(2004年第3回)定例オープンセミナー(2004-12-24) 第2図