第215回定例オープンセミナー
オゾン層破壊物質はどこから大気に出ているのか?:東南アジア熱帯林と東日本大震災における観測からわかったこと
開催日時 | 2016(平成28)年12月21日(水) 12:30–13:20 |
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開催場所 | 総合研究実験1号棟5階 HW525 |
題目 |
オゾン層破壊物質はどこから大気に出ているのか?:東南アジア熱帯林と東日本大震災における観測からわかったこと Where are ozone-depleting substances emitted from?: Learn from the Southeast Asian rainforests and Tohoku earthquake |
発表者 | 斉藤拓也(国立環境研究所・主任研究員) |
関連ミッション |
ミッション1 環境診断・循環機能制御 |
成層圏のオゾンは、太陽光に含まれる紫外線を吸収し、有害な紫外線の地表への到達を防ぐことで、それまで水中等に限られていた生物圏を地上に広げることを可能にしてきた。その生物圏の保護膜であるオゾン量はフロンガス等によって1980年代から1990年代前半にかけて大きく減少したが、オゾン破壊物質の生産等を規制するモントリオール議定書が採択されたことでオゾン破壊物質の大気への放出量は大きく減少し、大気中の存在量も減少し始めたことで、近年ではオゾン層がオゾン破壊物質による破壊から回復しつつある。しかし、オゾン層破壊物質は数十種以上の様々な成分からなり、その発生源も人間活動から生物の自然活動に関わるものまで多岐にわたるため、その大気への放出量と今後の推移を推定するためには個々の発生メカニズムについて正確な理解が必要となる。本セミナーでは、大気へのオゾン破壊物質の発生に関わる最近のトピックスとして、(1)主に自然起源の塩化メチルの熱帯樹木からの放出過程と、(2)人為起源フロン類等の自然災害に伴う放出過程について紹介したい。
(1)熱帯樹木からの塩化メチル放出量の樹種依存性:主要な成層圏オゾン破壊物質である塩化メチルの大気への供給源には海洋やバイオマス燃焼など様々なものがあるが、中でも熱帯植物は最大の塩化メチル発生源と考えられている。これまでの研究により、熱帯植物による塩化メチル放出量には気温や日射量などの環境要因よりも植物種による違いが大きく、一部の種のみが大量に塩化メチルを放出していること、科や属のレベルで放出量に類似性が見られることなどがわかってきた。しかし、なぜ一部の種のみが放出し、その他の種はほとんど放出しないのかといった、放出量の種間差を規定する要因は明らかにされていない。我々は、塩化メチルの生合成の基質である塩化物イオンに着目し、植物葉に含まれる塩化物イオンの濃度と葉群からの塩化メチル放出量の関係を調べた。その結果、樹木葉中の塩化物イオン濃度(葉の乾燥重量当たり)と塩化メチル放出量との間に有意な相関は見られなかった。一方、葉に含まれる水分を考慮し、塩化物イオン濃度を葉内水分当たりで求めたところ、塩化メチル放出量との間に相関が認められた。発表では、熱帯樹木による塩化メチル放出の樹種間差について、葉内塩化物イオン濃度との関係から考察すると共に葉内で塩化メチルを生成するメカニズムについて議論する。
(2)東日本大震災に伴うハロカーボン類の異常放出:2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれに伴う津波は、東日本に甚大な被害をもたらした。震災では多くの建物が倒壊したため、建物の製品中に含まれていたハロカーボン類が大気へ漏出した可能性があったが、震災がハロカーボンの放出量に与えた影響については明らかにされていなかった。そこで我々は、成層圏オゾン破壊物質を含むハロカーボン(CFC, HCFC, HFC, PFC, SF6等)の排出量への震災影響を国内の大気観測に基づいて調べた。北海道・落石岬にあるモニタリングステーションでは震災の直後に東日本の被災地上空を通過した空気塊が捉えられ、HCFC-22などのハロカーボンが比較的高い濃度で観測された。同様な汚染イベントを解析したところ、震災直後の2011年3月におけるHCFC-22、HCFC-141b、HFC-32、SF6のHFC-134aに対する比が、震災前に比べて有意に高くなったことが明らかとなり、これらの相対的な放出量が震災直後に増大したと考えられた。また、被災地に位置する岩手県・綾里では、CFC-11の汚染イベントが震災後から頻繁に観測され、被災地等における放出量の増大が強く示唆された。そこで、震災のハロカーボン放出へのインパクトを明らかにするため、これらハロカーボン類の国内からの排出量を用いて推定した。その結果、研究対象とした6成分の2011年における総排出量が、2010年と2012年の平均排出量より約7キロトン増大したことが示された(CO2換算で約19メガトン、オゾン層破壊係数で重みづけした排出量として1.4キロトンに相当)。このうちオゾン破壊物質であるCFC-11については、既に全廃されていたにも関わらず、2011年の排出量が前後の年の2倍以上に増えた。こうしたハロカーボン類の異常放出は、冷媒や発泡断熱材等として建築物等に蓄えられていたハロカーボン類が、建物等の倒壊や震災廃棄物の処理によって大量に漏出したことを反映したものと考えられる。自然災害に起因するオゾン破壊物質の放出はこれまで考慮されてこなかったが、ハロカーボン類を含む製品は世界中で使用されており、自然災害は世界各地で発生していることから、今後は排出量推定のスキームに組み込んでいく必要がある。
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2016年12月14日作成