「殆ど動かない」オーロラ (Quasi-Stationary Auroral Patch)

概要

オーロラは時間とともに変形したり明滅したりするのが一般的な姿です。しかし,約5時間という長時間にわたって形や発光強度を殆ど保つような特異なオーロラを南極点基地で発見しました。私たちは南極点上空に長時間定在するこのオーロラを『殆ど動かない』オーロラ, 又は Quasi-Stationary Auroral Patch (QSAP)と名づけました。

 


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『殆ど動かない』オーロラ

南極点におけるオーロラ観測

オーロラが現れやすい経度方向に広がるベルト状の領域をオーロラ・オーバルと呼びます。南極点は地磁気的にはオーロラ帯より若干緯度が高いため,オーロラ・オーバルの直下に位置する昭和基地とは異なるオーロラを観測することができます。

高緯度特有の微弱なオーロラを観測するために,私たちはアムンゼン・スコット南極点基地に全天イメージャー装置を設置して観測を行っています。この装置は干渉フィルターを用いた分光を行い,波長毎のオーロラ発光を選別して撮像できるという特徴をもっています。

観測例

2004年7月8日に観測された『殆ど動かない』オーロラ(QSAP)の一例を下の図に示します。特徴的な触手状の形状を持つオーロラがQSAPです。QSAPは平均的には長時間殆ど動かず,発光強度にも殆ど変化がみられないことがわかります。

QSAPは波長557.7 nm(緑色)の発光が卓越しており,波長630.0nm(赤色)の発光は殆ど見られません。オーロラの代表的な色である緑色と赤色の発光は,ともに酸素原子が宇宙空間から降下してくる電子に叩かれた結果という点で共通です。しかし,より高いエネルギーを持つ電子は結果的に緑色のオーロラを生じやすので,QSAPは比較的エネルギーの高い電子と関係があることが推測されます。地球の磁力線の両端が地球に繋がっていると(磁力線が閉じていると言います)エネルギーの高い電子が効率よく地球磁場に捕捉されやすいことは理論的に知られていますので,QSAPは閉じた磁力線で発生した現象であると言うことができます。


また,ムービーをご覧いただくと,QSAPは地磁気的な東西方向(画面の右上と左下の方向)に揺らめいていることがわかります。その周期はおよそ10分から20分で,揺らめく速度は最大1000 m/秒にも達することが最小自乗平均誤差解析の結果分かりました。

 

QSAP発見の意義

QSAPを詳しく解析すると驚くべきことがわかりました。 QSAPの動きから電離圏電場と電流を求めて地上磁場を算出したところ,観測された磁場変動とほぼ一致しまたのです。つまり,QSAPは電離圏電場によって動きが支配されているようなのです。 このことから,QSAPの準定在性はどうやら対流電場が極端に弱くほぼゼロに近い状態を反映していると言えそうです。対流電場は,極域を中心に高度数100 kmの電離圏と呼ばれる領域で地球規模で循環するプラズマ流を支えているもので,磁気緯度の高い極域では必ず対流電場が存在すると言われています。しかし,QSAPが長時間定在するということは(磁気緯度-74.5度という)高緯度にもかかわらず対流電場が殆ど無いということを意味します。


南極点は地球の自転軸ですが,地球電磁気的にも特異な点です。大気の上層部の一部は電離しているので,地球の自転といっしょに電離した大気も動きます。そうすると偏極電場が作らることになります。もし大気の上層部で作られた偏極電場が宇宙空間に伝わるのなら,宇宙空間のプラズマも電場によって地球の自転といっしょに運動するようになります。低緯度から伸びる磁力線に沿ってプラズマは地球の自転といっしょに運動していることは観測的にも知られており,プラズマの密度が周囲に比べて高くなっています。これをプラズマ圏と呼んでいます。高緯度になると対流電場が強くなるので,宇宙空間のプラズマはもはや自転できなくなります。 南極点ではどうでしょうか。南極点は自転軸ですので共回転電場はゼロになります。もし対流電場が十分弱ければ南極点上空には共回転電場の電位の山ができ,宇宙空間のプラズマも地球の自転といっしょに運動できるようになるかもしれません。 地球から宇宙空間へはプラズマが常に供給されていますので,プラズマの密度が高くなることが予想されます。このような状態をプラズマ圏との意味上の類推から第二のプラズマ圏と私たちは呼ぶこととしました。 第二のプラズマ圏の間接的な証拠はあります。電磁流体波解析を行ったところ,宇宙空間のプラズマ密度がQSAP出現からわずか4時間で3倍以上になったのです。 プラズマ密度が高ければ熱い電子が散乱されやすい条件が整い,そのような熱い電子が地球に降り込むとオーロラ,つまりQSAPを作ることができます。本当にそのような電場構造が維持されているのか、今後詳細な検討と観測が必要となります。


参考文献

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