■ 地球磁気圏の裂け目で
カスプ域はいわば地球磁気圏の裂け目であり,太陽風プラズマが地球に向けて直接的・準定常的に流入する特異点である。一方,地球近傍のカスプ域(高度数千キロメートルの上部電離圏)では電離圏イオンの一部がプラズマ波動によって加熱され,磁気ミラー力によって上向きに流出していることは過去の衛星による直接観測によって明らかになっている。
「れいめい」衛星は,これまでにカスプ域で観測されたものとは性質の異なるイオン群を観測した。その観測例を図2に示す。降下イオンのエネルギー対時間図の中に,1秒程度の短い時間スケールを持つバースト的なイオンの降り込み(MCIP = Microburst Cusp Ion Precipitation)が2箇所確認できる。MCIPの特徴的なエネルギーは数100電子ボルト(eV)以下であり,時間とともに特徴的なエネルギーが低下する場合が多い。MCIPは,カスプを通じて準定常的に降り込むエネルギー数 keVの太陽風起源のイオンと空間的に共存している。

図2:「れいめい」衛星が観測した降下電子(左上)と降下イオン(左下)のエネルギー対時間図。粒子エネルギーフラックスを色で示している。マイクロバーストが観測された時のイオンのエネルギー対ピッチ角図を右に示す。白い曲線は,起源と衛星との距離D||を300 kmと700 kmとした場合に予想されるエネルギー対ピッチ角曲線である。
■ MCIPの性質
図2の右端にMCIPのエネルギー対ピッチ角図を示す。エネルギーが上がるほどピッチ角が90度に近い(磁力線に垂直)という分散関係が明瞭に現れている。MCIPの起源がパルス的に現われる点であると仮定すると,エネルギー(速度)が高く,ピッチ角が0度(磁力線に平行)に近い粒子は起源から衛星位置に早く到達する。この性質を用いると衛星から起源までの距離を推定することができる。図2の右端に描いた白い2本の線は起源との距離を700 kmまたは300 kmと仮定した場合のエネルギー対ピッチ角曲線であり,MCIPによくフィットすることがわかる。このことから,MCIPの起源は「れいめい」衛星の上空約300 kmから700 kmの間に存在することが推測される。他のMCIPについても同様に計算したところ,MCIPの起源は高度3000 km以内に存在することがわかった。つまり,MCIPは太陽風起源のイオンとは独立した,電離圏上部で下向きにパルス的に加速されたイオンであるということがわかった。
MCIPの原因となるイオンの下向きの加速源については慣性アルベン波または電離圏アルベン波共振(Ionospheric Alfven Resonator)が最も有力であろうと考えている。カスプ域では大振幅の慣性アルベン波は多く観測されており,MCIPを作るために必要な,短い時間スケールかつ小さい空間スケールを持つ電場は「れいめい」衛星の上空に存在することは予想できる。しかし直接的な証拠は残念ながら得られておらず,結論は今後の観測と理論研究に委ねたい。
■ MCIP発見の意義
カスプの中低高度では従来より指摘されてきたように上向きに大量のイオンが上昇する機構だけではなく, 積極的に下向きにイオンを加速している機構があることが明らかになった。 「れいめい」衛星がバースト的な降下イオンを初めて観測できたのは,610〜670kmという低高度を衛星が飛翔したことと,粒子分析器が極めて高い時間分解能を有していたことの2点に依る。