研究内容

根圏微生物の機能を活用した持続型農業

 世界的にみると、ダイズはトウモロコシ、イネ、小麦に次いで4番目に多く生産されている作物です。日本では豆腐、醤油、味噌など私たちの食卓に欠かせない大豆製品を思い浮かべますが、世界中で生産されるダイズの約90%は油の原料に使われていて、さらにその絞りかすは脱脂大豆として家畜の飼料として利用されています。乾燥したダイズの40%はタンパク質で(白米は5%)、「畑の肉」とも呼ばれていますが、ビタミンEやサポニン、イソフラボンなどの機能性成分も豊富に含み、私たちの健康的な生活を支える上で最も重要な作物の一つです。

 ダイズはイネやトウモロコシにはない面白い性質があります。ダイズの根を掘り起こしてみると、根に丸いコブがついているのが観察できます。これは「根粒」という器官で、この中には根粒菌と呼ばれる土壌細菌が共生し、根粒菌のニトロゲナーゼの力により大気中の窒素がアンモニアに変換されています。そのため、ダイズは土壌中から硝酸イオンなどの窒素以外に、直接大気中の窒素を栄養源として利用することができます。この共生窒素固定という性質は、マメ科植物の多くで見られますが、共生窒素固定によりマメ科植物は土壌中に窒素が少ない環境でも生育することができるため、荒廃地の植生回復にマメ科植物が利用されることが多く、インドネシアやマレーシアの荒廃地の造林にもマメ科樹木であるアカシアマンギウムが利用されてきました。日本でも春にマメ科のレンゲソウが咲いているのが以前は多く見られましたが、これはレンゲソウが共生窒素固定により獲得した窒素を稲作に利用しようとする古くからの知恵です。

 ダイズは根粒菌と共生しますが、必要な窒素がすべて根粒菌の窒素固定によって賄われているわけではありません。生育環境にもよりますが、ダイズの生育に必要な窒素の50~60%程度が根粒菌の窒素固定によるもので、残りはダイズが土壌から吸収しています。そのため、ダイズの生産には多くの窒素肥料が用いられています。根粒菌はダイズの生長を助けるために窒素固定をしているのではなく、根粒菌自身の生存のため(栄養分をダイズからもらうため)に「必要最低限の」窒素固定をしているとも考えられます。窒素肥料に依存しない農業を進める上で、根粒菌の力をもっと活用するにはどうすればよいでしょうか。さらに、根の周りには根粒菌以外にも多種多様な微生物が存在します。根のごく近傍を「根圏」といい、そこに生息する微生物を根圏微生物と呼びますが、根圏微生物は植物の生長に重要な役割を担っています。たとえば、菌根菌はダイズのみならず地上の約8割の植物と共生し、植物にリンを供給しています。さらに、まだ機能のよくわかっていない多くの微生物がコンソーシアムを形成していることが明らかになっています。近年の研究で、根圏微生物も植物の健全な生長に大きな影響を与えていると推測されています。

 根圏微生物の研究はシーケンサーの性能が格段に向上し、ごくわずかなサンプルから何億という微生物の情報を取り出せるようになりました。この技術を用いてダイズの根圏微生物を調べたところ、ダイズの生育過程で根圏微生物叢を形成する細菌の種類が大きく変化していくことが明らかになりました。その中には植物の生育を促進することが報告されている微生物(PGPR:Plant Growth Promoting Rhizobacteria)の仲間も多く見いだされました。ダイズは栄養生長(体を大きくする時期)⇒生殖生長(花を咲かせ種子をつける時期)と転換する過程で根圏微生物叢を変えているのかもしれません。私たちは水耕栽培や圃場栽培のダイズを用いて、ダイズ生育と根圏微生物の関係を代謝物や遺伝子のレベルで解明したいと考えています。

 地球上の人口は今世紀中には90億人を超えると予想されていますが、肥料を大量に投入して多くの作物を得るという方法では90億人分の食料を生産することは困難です。そのため、根粒菌、菌根菌を含め、根圏微生物の力を活用して、肥料や農薬の使用を抑えて、かつ収量を高めていく「次世代型の持続可能な農業」を確立することが重要です。私たちの研究室では、京都府や府内の黒大豆生産者の方々の協力を得て、根圏微生物の力を活用した持続可能な農業の確立に向けた研究を行っています。また、企業との共同研究で新たな農業資材の開発にも取り組んでいます。 (生存圏研究所公開講演会要旨を改変)