研究内容|森林代謝機能化学分野|京都大学

プロジェクト1:「木質形成(細胞壁形成・心材形成)の代謝機構の解析」

プロジェクト1
プロジェクト1

 木質形成に関わる代謝機構は、その概略は明らかにされてきたと言えますが、詳細な統御機構は未解明です。例えば、バイオマス生産性の高さから特に重要なイネ科植物のリグニンの生合成経路は、現在なお新たな知見が見いだされ、大幅修正が続いています。また、樹木独自の代謝である、心材成分生合成のように、その経路すら未解明のものもあります。

リグニン生合成酵素(リグニンモノマー合成酵素)の機能解析

 まず、リグニンモノマー(モノリグノール)合成に関わる酵素の機能解析を進め、基質特異性や代謝中間体による阻害効果など、代謝解析の基盤となる情報を得ました。

・Nakatsubo et al., J. Wood Sci., 54, 312-317 (2008)
・Nakatsubo et al., Cell Chem. Technol., 41, 511-520 (2007)
・Umezawa et al., Phytochemistry Reviews, 9, 1-17 (2010)
・Ragamustari et al., Plant Biotechnology, 30, 315-326 (2013)
・Nakatsubo et al., Plant Biotechnology, 31, 545-553 (2014)

代謝統御に関わる因子の特定

 リグニン合成に関わる機能既知遺伝子を起点として、木質形成代謝の統御を司る転写(制御)因子の取得を、遺伝子共発現ネットワーク解析を用いて進めています。またイネに高含量で含まれるケイ素の含量とリグニン含量が逆相関の関係にあることが示され、ケイ素とリグニンの機能に関する新たな知見がえられました。

・Suzuki et al., Plant Biotechnology, 29, 319-394 (2012)
・Noda et al., Plant Biotechnology, 30, 169-177 (2013)
・Noda et al., Plant Biotechnology, 30, 503-509 (2013)
・Noda et al., Planta, 242, 589-600 (2015)  他

新規リグニンの生成機構と構造の解析

 また、イネ科植物のリグニンには、近年フラボノイドがモノマーとして機能しており、その量もかなり多いことが見出されてきました。フラボノイドがリグニンの構成成分として含まれる可能性は、古く40年ほど前に当研究室でもその可能性がモデル実験により指摘されていましたが、実証されたのはごく近年で、従来のリグニン構造の概念を覆すものです。これらフラボノイドを部分構造として含むリグニンは、フラボノリグニンとも呼ばれていますが、当研究室では近年、香港大学との共同研究として、フラボノリグニン生合成機構の解明、特にこの生合成に関わる酵素の機能解析とリグニン構造の詳細解析を進めています。

・Pui Ying Lam, et al., Plant Physiology, 174, 972-985 (2017)
・Pui Ying Lam, et al., New Phytol., in press (2019)  他

プロジェクト2:「バイオリファイナリー構築に適合したイネ科植物の分子育種」

プロジェクト2

プロジェクト2

 近年、木質バイオマス資源の有効利用・燃料生産が大変注目されています。しかし、木質バイオマスは、多糖成分をリグニンが強固に覆っているため、多糖成分の糖化・発酵を経てバイオ燃料へ変換するコストが極めて高いのが現状です。そこで、リグニンの含有量の低減や、構造改変による、多糖成分の利用特性の向上を進めています。

・Hattori et al., Plant Biotechnology, 29, 359-366 (2012)
・Koshiba et al., Plant Biotechnology, 30, 157-167 (2013)
・Koshiba et al., Plant Biotechnology, 30, 365-373 (2013) 他

 さらに、バイオマス植物として重要な大型イネ科植物のリグノセルロースの構造と酵素糖化性の相関などについて詳細に解析し、特異なリグノセルロース超分子構造の存在を見出しました。すなわち、一般にはリグノセルロースのリグニン量と酵素糖化性は逆相関しますが、ある種のイネ科植物試料では、この逆相関がみられないという極めて特異な現象を見出しました。

・Yamamura et al., Plant Biotechnology, 30, 25-35 (2013)
・Miyamoto et al., Biosci. Biotech. Biochem., 82, 1143-1151 (2018)
・Miyamoto et al., Industrial Crops and Products, 121, 124-131 (2018) 他

 一方、樹木系の木質バイオマスの半分は、発展途上国を中心に未だに燃焼利用されています。そしてこの燃焼利用されているバイオマスの多くは天然林伐採に由来しています。そこで、木質バイオマスの発熱量向上は、天然林伐採の抑制や化石資源燃料使用量の削減の観点から大変重要です。当研究室では独自のアイデアに基づき、多糖より発熱量の大きいリグニンの含有量を向上させ、バイオマス全体の発熱量を増加させる取り組みを進めています。 標的植物としては、樹木より圧倒的にバイオマス生産性の高いイネ科植物を用いています。このプロジェクトは、インドネシア科学院との国際共同研究(JICA/JST「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」として、京大院農の小林優先生・坂本正弘先生ほか)及び当研究所の梅村研二先生との共同研究として進めています。さらに、リグニンの有効利用は、持続型社会の構築に必須の課題として多方面から期待されていますが、長年にわたる未解決課題です。その難しさは、リグニンの化学構造の複雑性に起因することから、当研究室では、最新の代謝工学手法(ゲノム編集技術:CRISPR/Cas9法など)を用いてリグニンの構造を単純化する取り組みを進めており、ここ数年で大幅にリグニン構造を単純化することに成功しました。その成果により大学院学生の武田ゆりさんが日本木材学会優秀女子学生賞(2018年度)を受賞しました。

・Koshiba et al., Plant Biotechnology, 34, 7-15 (2017)
・Takeda et al., Planta, 246, 337-349 (2017)
・Takeda et al., Plant J., 95, 796–811 (2018)
・Umezawa, Phytochemistry Reviews, 17, 1305-1327 (2018)
・Takeda et al., Plant J., 97, 543–554 (2019)
・Takeda et al., J. Wood Sci., 65, 6 (2019)
・Miyamoto et al., Plant J., in press (2019) 他

プロジェクト3:「植物細胞壁の迅速評価システムの構築(リグニン構造解析基盤の構築)」

プロジェクト3

 リグニンの生合成を解析するためには、植物細胞壁の迅速な評価システムが必須となります。当研究室では、リグニンの定量法(チオグリコール酸法、近赤外分光分析法)と構造解析法(ニトロベンゼン酸化分解法、チオアシドリシス法、近赤外分光分析法)について、廃スループット分析プロトコールを確立報告しています。また、リグニンの最新の構造解析に必須の多次元NMR法のプロトコールも、飛松准教授が前職(米国留学)時代に確立しており、当研究室用に微修正した条件で日常的にリグニンの構造解析に使用しています。さらに、リグニン生合成前駆体を安定同位体希釈法により正確に定量する手法も確立しています。


・Sakakibara et al., Org. Biomol. Chem., 5, 802-815 (2007)
・Suzuki et al., Plant Biotechnology, 26, 337-340 (2009)
・Yamamura et al., Plant Biotechnology, 27, 305-310 (2010)
・Hattori et al., Plant Biotechnology, 29, 359-366 (2012)
・Yamamura et al., Plant Biotechnology, 29, 419-423 (2012) 他

プロジェクト4:「植物フェニルプロパノイド(特に抗腫瘍性リグナン)生合成機構解明と応用」

プロジェクト4

 リグナンは、抗腫瘍性などの有用生理活性を持つとともに、樹木心材に特異的に蓄積するいわゆる心材成分としても知られており、心材腐朽(樹木の芯腐れ)の防止という機能を持っていると考えられています。
 代表的なリグナンである、ポドフィロトキシンは、抗腫瘍性を持ち、抗がん剤(エトポシドなど)の原料として用いられています。しかし、ポドフィロトキシン産生植物が希少となりつつあり、生物工学的な生産が必須となっています。そこで、当研究室では、植物からポドフィロトキシン生合成系の酵素遺伝子の単離を進め、酵母でポドフィロトキシン産生システムを再構築するプロジェクトを進めています。
 また、抗腫瘍性リグナン且つ心材リグナンとして知られているアクチゲニンの生成酵素(マタイレジノールO-メチル基転移酵素)遺伝子を世界に先駆けて取得し、心材リグナン生成機構の解明を進めています。

・Sakakibara et al., Org. Biomol. Chem., 1, 2474 - 2485 (2003)
・Umezawa et al., Plant Biotechnology, 30, 97-109 (2013)
・Ragamustari et al., Plant Biotechnology, 30, 375-384 (2013)
・Ragamustari et al., Plant Biotechnology, 31, 257-267 (2014)
・Umezawa et al., Mokuzai Gakkaishi, 65, 1-12 (2019) 他

プロジェクト5:「植物フェニルプロパノイド(リグナン、ノルリグナン、ネオリグナン)生合成の立体化学制御機構解明」

プロジェクト5

プロジェクト5

 リグナン、ノルリグナンやネオリグナンの生合成は、エナンチオ選択的反応など、立体化学的に大変興味深い過程をたどっています。当研究室ではこれらの反応の立体化学機構の詳細解明を進めています。
 まず、リグナン生合成についても、エナンチオマーの選択的生成機構の詳細を世界に先駆けて解明してきました。すなわち、基質のエナンチオマーの選択性の異なる複数の酵素ホモログが、組織と時期をずらして発現することにより、リグナンのエナンチオマー組成が変動するという、予想外の特異な機構です。なお、本課題は一次休止しましたが、最近中心課題として再開しました。
 一方、ノルリグナンの生合成反応は、大変興味深いことに酵素反応としては稀なシグマトロピー転移反応であることを強く示唆する結果を得ました。さらに、この反応の立体化学制御機構が極めて特異であることを示しました。すなわち、我々はノルリグナンの生合成酵素が2つの異なるサブユニットからなるヘテロダイマーであることを示すとともに、サブユニット組成により、生成物のエナンチオ選択性とシス-トランス選択性が制御されることを示しました。現在この反応機構をさらに詳細に解析するため、酵素の構造解析を進めています。


・Umezawa, Phytochemistry Reviews, 2, 371-390 (2003)
・Okunishi et al., J. Wood Sci., 46, 234-242 (2000)
・Okunishi et al., J. Wood Sci., 47, 383-388 (2001)
・Suzuki et al., J. Chem. Soc. Perkin Trans. 1, 3252-3257 (2001)
・Suzuki et al., Chem. Commun., 1088-1089 (2002)
・Okunishi et al., J. Wood Sci., 48, 237-241 (2002)
・Suzuki et al., Biosci. Biotech. Biochem., 66, 1262-1269 (2002)
・Okunishi et al., J. Wood Sci., 50, 77-81 (2004)
・Suzuki et al., Chem. Commun., 2838 - 2839 (2004)
・Suzuki et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 21008-21013 (2007)
・Nakatsubo et al., J. Biol. Chem., 283, 15550-15557 (2008)
・Yamamura et al., Org. Biomol. Chem., 8, 1106-1110 (2010)
・Umezawa et al., Mokuzai Gakkaishi, 65, 1-12 (2019) 他

プロジェクト6:「リグニン及びリグナンの生理機能解析」

プロジェクト6

 人類は、リグニンを野菜の成分として大量に摂取していますが、その生理機能はほとんど分かっていません。またシロアリなどの動物のリグノセルロース材料を食害していますが、リグニンの生理機能は不明です。そこで、まず当研究室では、当研究所の吉村教授のグループと共同でシロアリの排泄物中のリグニン分析を行い、構造変化の解析を進め、リグニンの構造の違いがシロアリの生育特性に大きく影響することを示しました。また、哺乳動物により摂取されたリグナンは腸内でいわゆる哺乳動物リグナンに変換され、疫学的にがんの発症を低減させることが広く知られており、食事を通じた人の健康維持の観点から注目されています。そこで、当研究室では、腸内細菌によるリグナンの変換反応を触媒する酵素の機能解析を進めるため、リグナンのメトキシ基の脱メチル化反応を触媒する酵素遺伝子を取得し、現在論文投稿を進めています。


・Didi Tarmadi et al., J. Wood Sci., 63, 464-472 (2017)
・Didi Tarmadi et al., J. Insect Physiol., 103, 57-63 (2017)
・Didi Tarmadi et al., Sci. Rep., 8, 1290 (2018)

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