1. セルロース系バイオマスからバイオエタノール・化学品を生産する基礎および応用研究
地球温暖化や化石資源の枯渇問題を背景として、食糧と直接競合しないセルロース系バイオマスから燃料アルコールや有用化学品をつくるプロセスの構築が急務となっています。樹木や草本の細胞壁は、セルロース、ヘミセルロースという多糖類とリグニンから構成されています。リグニンは、芳香族系高分子であり、針葉樹では約3割、広葉樹では2割、イナワラ、ムギワラなどの草本バイオマスでも1割以上の重量比があり、セルロースに次いで、地球上で最も豊富に存在する天然高分子です。リグニンは、これらの多糖類を強固に被覆しているために、多糖類を酵素分解して、発酵などにより有用物質に変換するためには、リグニンを多糖から高効率で分離するプロセスが必要となります。
一方、石油化学産業では、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族化学品が、エチレン、プロピレンなどの脂肪族化学品とともに重要な基礎化学品となっています。石油からバイオマスに資源を置き変えるためには、芳香族化学品を高効率で生産することも重要となりますが、糖の発酵生産でこれを達成することは容易ではありません。リグニンは、元々芳香族高分子ですから、多糖と分離するプロセスで、リグニンから、重要な芳香族化学品を生産することができれば、バイオマスを基盤とした化学産業が大きく前進します。当研究室では、リグニンと糖の総合利用を目指した研究を進めています。
木質バイオマスからバイオエタノールを生産する研究
木材や草本バイオマスを酵素で分解できるようにリグニンと多糖を分離する前処理法として、当研究室では、マイクロ波反応、選択的白色腐朽菌処理、湿式粉砕、爆砕処理などを研究しています。このうち、NEDOの受託研究では、生存圏電波応用分野、鳥取大学大学院工学研究科、日本化学機械製造株式会社、トヨタ自動車株式会社と共同で、マイクロ波反応を利用したバイオエタノール生産研究を実施しています。このプロジェクトでは、リグニンを高効率で分解するマイクロ波反応の開発、3次元電磁界シミュレーションを利用したマイクロ波照射装置の設計開発、などにより、高効率な前処理システムを構築し、糖化液(C5糖、C6糖)は遺伝子組換えバクテリアでエタノールに変換します。平成22年度に愛知県トヨタ自動車内に、木質バイオマスからバイオエタノールを生産するベンチプラントを本事業で建設し、前処理からエタノール発酵に至る一貫プロセスの実証試験を産学連携で行っています。
NEDOバイオエタノール生産プロジェクト
(京大生存研、鳥取大大学院工学研究科簗瀬研究室、日本化学機械製造、トヨタ自動車)
反応溶液をヒーターなどで加熱する外部加熱では、反応容器が大型化するほど、また滞留時間が短いほど、伝熱速度がネックとなり効率が低下します。これに対して、マイクロ波照射は、溶媒自体に直接エネルギーを与えることから、短時間の迅速な反応に対して有利な加熱方法と言えます。マイクロ波照射による溶媒の加熱効率は、比熱のみではなく、誘電損率によって決まり、加熱に有利な溶媒系が存在します。マイクロ波を吸収する触媒を用いると反応効率がさらに高まりま す。私たちは、バイオマス変換への応用を目的としてマイクロ波を利用した様々なリグニン分解反応を開発しています。分離した多糖は、エタノールの他、メタン、機能性高分子などにも微生物を利用して変換します。一方、分離したリグニンは構造を精密に解析し、芳香族化学資源として利用します。
電磁波触媒反応を介した植物からのリグニン系機能性高分子の創成
CRESTの 研究プロジェクトを開始しました。本研究では、植物細胞壁を固めるリグニンへの親和性と電磁波吸収能を賦与した新規触媒を合成するとともに、周波数を連続可変させる電磁波化学反応装置を開発し、電磁波の特性を活かした高効率リグニン分離・分解反応系を構築します。また、分岐構造を含むリグニンの精密構造解析と電磁波反応を組み合わせて、リニア型リグニンの分離法やモノマーへの分解法、精製法を開発し、強度、耐溶媒性、分散性、耐衝撃性、紫外線吸収特性などに優れる芳香族ポリマーに変換します。
(京大生存研、化研、エネ研、日本化学機械製造、花王、帝人との共同研究)
選択的白色腐朽菌を利用した木質バイオマス変換
自然界では白色腐朽菌と呼ばれるキノコの仲間がリグニンを分解します。特に、選択的白色腐朽菌とよばれるキノコの仲間は、セルロースを残してリグニンを分解する特徴があり、木質バイオマスの変換にとって大変有用です。国内の人工林は9割以上を針葉樹が占めます。中でもスギは人工林の6割 以上を占める樹種ですが、針葉樹、特にスギ材のリグニンは分解が難しく、例えばスギの爆砕では、酵素糖化率を上げるために有害な硫酸などを併用する方法が 試されてきました。代表的な選択的白色腐朽菌は、スギ材などの針葉樹のリグニンも強力に分解することから、国内の森林バイオマスの変換にとって頼もしい味 方となります。選択的白色腐朽菌処理を受けた木材を直接メタン発酵することもできます。さらに、スギ材を選択的白色腐朽菌処理すると、牛、羊などの反芻家 畜による消化性が向上し、イナワラに匹敵する栄養価値の高い粗飼料に変換されます。これは、未利用のスギ材からおいしい牛肉を生みだす研究です。私たちは、選択的白色腐朽菌のリグニン分解機構を解析・強化するとともに、バイオマス変換に利用する研究を進めています。
バイオリファイナリーのためのバイオマスの精密構造解析、酵素との相互作用解析
セルロース系バイオマスを高効率でバイオエタノールなどに変換するためには、前処理を受けた植物細胞壁と多糖分解酵素との相互作用を理解し、両者を高効率 で反応させることが鍵となります。このため、当研究室では、特異的に糖鎖を認識する様々な糖質結合モジュールと蛍光タンパクとの融合タンパクを大腸菌で発 現してプローブに用い、前処理を受けたバイオマス中の露出した糖鎖の局在や量を解析しています。また、木材など植物バイオマスの全成分を可溶化する方法を 用い、京大エネルギー理工学研究所と共同で超高感度のクライオNMRによるリグニンや糖鎖の精密構造を解析しています。また、Maldi TOF-MSや超高分解能質量分析計(FT-ICR-MS)を用いて、分離したリグニンの架橋構造を解析し、成分分離とリグニン構造の関係や、リグニンの機能性高分子への変換の基礎情報を集積しています。さらに、酵素とリグニンの相互作用も、リグニンや酵素の精密構造をベースに解析しています。
蛍光標識糖質結合モジュールによる露出した糖鎖の定量解析
リグノバイオリファイナリーのための産学連携コンソーシアム
芳香族資源として重要であり、バイオマス成分分離の鍵となるリグニンをエネルギー源として利用するのみでなく、芳香族化学資源として利用するための産学連 携研究を進めています。現在、パルプ廃液由来のリグニンは購入できますが、天然に近い構造をもつリグニンの入手は一般に困難です。また、リグニンの化学構造解析も専門的であり、機能性高分子などへの変換研究を始めることは容易ではありません。石油化学産業では、様々な企業がネットワークを作って多様な化学製品に変換していることから、バイオマスの変換、特にリグニンの変換においても、原料供給から成分分離、多様な変換の連携組織が必要と考えます。現在、業種の異なる複数の企業にリグニンのサンプル供与を行い、連携を図っています(問い合わせ歓迎)。
2. 遺伝子工学、生化学、有機化学的手法を用いて白色腐朽菌のリグニン分解機構を解明する研究
2-1 選択的白色腐朽を統御する分子機構の解明
選択的白色腐朽菌は、酵素から遠く離れた場所で、セルロースを残してリグニンを高選択的に分解します。微生物による分解反応は、酵素による直接反応が主役と 考えられてきましたので、これは驚くべき現象です。この不思議な現象には、キノコ(選択的白色腐朽菌)の低分子代謝物によるラジカル反応が関与しています。当研究室では、ラジカル反応を制御する菌代謝物の構造・機能、それらの生合成酵素や遺伝子などに関する研究を行っています。当研究室では、セルロースを強力に分解する活性酸素(ヒドロキシルラジカル)の生成を抑制する新規代謝物を初めて見出しました。それら代謝物の機能と生合成に関する研究、リグニンを分解する脂質の過酸化機構の解明、さらには、ラジカルの発生源となる脂質の生合成酵素の遺伝子クローニングと発現解析などを進めています。また、選択的白色腐朽菌のラジカル反応をフラスコで再構築するため、ラジカルの反応解析を進めています。酵素から離れた場所でのリグニン分解機 構の解明と関連する代謝物生合成系の増強は、リグニン分解力向上を目的とした選択的白色腐朽菌の分子育種にも必要不可欠な課題です。
選択的白色腐朽機構の解析:代謝物、タンパク、遺伝子の解析
(酵素から遠く離れた場での低分子代謝物によるリグニン分解)
2-2 リグニン分解酵素の分子生物学的解析
一般に白色腐朽菌が分泌する菌体外ペルオキシダーゼやラッカーゼなどのリグニン分解酵素は、リグニン分解系の連鎖的な酸化反応を初発すると考えられています。当研究室では、これまで白色腐朽菌が分泌するリグニン分解酵素の諸性質について解析を行うと共に、それらの遺伝子のクローニングを行ってきました。さらに、これら遺伝子の発現制御機構を解析することで、それぞれのリグニン分解酵素の役割についても明らかにしようとしています。
また、ヒラタケにおいて独自の形質転換系を確立することで、白色腐朽菌の中で組換え遺伝子を効率よく発現する系の開発に成功してきました。最近では、この系 を利用してユニークな基質特異性をもつ多機能型ペルオキダーゼを大量に発現させる遺伝子組換え体を単離し、部位特異的な突然変異導入を行って、この酵素が どのようにして高分子の基質にも作用することができるのかについて、進化的に近い他のペルオキシダーゼや立体構造モデルと比較しながら解明しようとしています。
3. 担子菌類(キノコの仲間)の分子生物学
古来より、食用や漢方薬などとして身近な存在であったキノコですが、その生態や生物機能の解明は他の生物種に比べるとあまり進んでいるとは言えません。当研 究室では、最新の遺伝子レベルでの知見や技術を駆使し、各種キノコの生物学的特性の解明や、分子系統樹作成による新規に分離されたキノコの同定、菌株ライブラリーの遺伝子情報解析を行うことで、キノコの分子生物学についても研究を深めています。
また、リバースジェネティックス(逆遺伝学)を用いた遺伝子の機能解明や、様々なプロセスにおいて利用価値の高い新しい性質を持ったスーパー組換えキノコ作 るための基盤技術の確立を目指し、選択的白色腐朽菌における遺伝子発現系の開発を行っています。さらに、形質転換系の効率化や、パーティクルガンを用いた新たな遺伝子導入法の開発、特定の遺伝子の発現を押さえる遺伝子抑制や染色体上で相同組換えを利用したジーンターゲッティング(遺伝子破壊)の実用化に向けて、DNAiやRNAiなどの新しい手法の導入も積極的に進めています。
「基礎科学の発展」と「技術の進歩」は、1つの車軸を支える左右の両輪のようにそれぞれが自ら回転することで駆動力を産み、お互いに前進・深化してくものであ ると思われます。そういった意味において、キノコの生命現象を遺伝子のレベルで理解していくことは、そのユニークなリグニン分解系を構成する素ファクターや分子育種された組換え体をバイオテクノロジーの分野で利用していくことと深く関わり合っていると考えています。
4. 自然界から分離した白色腐朽菌、遺伝子工学的に能力を増強した白色腐朽菌による難分解性のポリマーや毒性のある環境汚染物質の分解
4-1 キノコによるポリマー・環境汚染物質の分解
リグニンは不規則な高分子ですから、酵素の鍵穴には入れません。しかし、白色腐朽菌はリグニンを分解します。しかも、選択的白色腐朽菌は酵素から離れた場所 で難分解性のリグニンを分解します。このことは、白色腐朽菌やそのラジカル反応を利用すれば、酵素には認識されにくい3次元ネットワークをもつポリマーが分解される可能性を示しています。当研究室では、選択的白色腐朽菌が加硫したゴム中のスルフィド結合を分解することを見出しました。また、選択的白色腐朽 菌のリグニン分解を模倣した反応を利用して、加硫ゴムやエーテル型ポリウレタンが菌処理に比べればはるかに短時間で分解することを見出しました。キノコのこうした力は、様々な環境汚染物質の分解にも役立てることができます。これまでに、キノコやリグニン分解酵素による内分泌撹乱物質の分解を明らかにしてきました。
5. バイオマス由来の生体防御物質に関する研究
5-1 木竹酢液のウイルス不活化物質の探索
地球温暖化や輸送手段の広域・高速化により、人畜に有害な病原体が広汎かつ迅速に伝播していることは大きな社会問題の一つとなっています。本研究では、再生産可能な木質・森林バイオマスの変換により人の健康や生活に寄与する有用な物質を生産するという新しい研究領域を開拓することを目的とし、京大ウイルス研究所などと共同で木竹酢液の抗ウイルス活性物質を研究しています。木竹酢液は、木竹炭を製造する際に副次的に得られ、殺菌作用などが知られていますが、抗ウイルス活性成分は同定されていません。本研究では、これまでに、口蹄疫ウイルスと同じピコルナウイルス科に属する脳心筋炎ウイルスEMCVを用いて、蒸留竹酢液の抗ウイルス活性成分を特定し、他成分との相乗作用を明らかにしました。本研究は、生存圏研究所の新領域開拓共同研究プロジェクトとして実施しています。