宇宙太陽発電所SPS

宇宙太陽発電所SPS(Space Solar Power Station/Satellite)は、CO2フリーでありながら大規模基幹電源として用いることが可能な将来構想である。SPS宇宙空間で超大型の太陽電池パネルを広げ、太陽光発電によって得られる直流電力を電磁波=マイクロ波やレーザー等に変換して送電アンテナから地上に設置されるアンテナと整流回路(マイクロ波-電力変換回路)が一体となった「レクテナ」へ伝送し、再び直流電力に戻す方式の発電所である(図1)。発電量は地上で100kW程度を想定しており、30年の経済寿命の間発電/売電を行う想定である。SPSは静止衛星軌道36,000km上空に建設する計画である。地球の半径は約6,000kmであり、地軸が傾いていることから、静止衛星軌道では地上が夜でも地球の影にはほとんど入らない。特にマイクロ波を用いたSPSから地上への無線電力伝送は電離層での反射・散乱や大気・雨での吸収・散乱がほとんどない「電波の窓」と呼ばれる周波数帯を用いているために曇りや雨でも太陽光発電の電力を利用できるという利点を持つ。SPSの太陽電池は常に太陽を向くように制御し(太陽指向)、逆にマイクロ波送電アンテナは常に地球の受電サイトを向くように制御するため(地球指向)SPS24時間の安定した太陽光発電が可能となる。SPSは現在日米欧で様々な角度から検討が進められている。

低炭素社会の実現に向け、地球社会におけるエネルギー問題の根本的解決する全く新しい技術革新(イノベーション)として、炭素を燃やさない新しい良質の電気エネルギー源の開拓が急務である。中長期的な社会改革及び経済活性化にとっても安定的かつ大規模で供給可能な発電技術の開発が必須である。我が国は現在低炭素社会の実現に向け原子力発電をエネルギー政策の柱として、太陽光発電と風力発電の開発に注力している。しかし、地球環境問題の解決のために2009年の地球温暖化に関する主要経済国フォーラム(MEF)の共同宣言案で「世界全体の温室効果ガス排出量を2050年までに50%削減、先進国全体では80%削減するとの目標を支持する」と発表された目標を達成するためには一層の新エネルギー利用を推進するほかない。そのためにSPSが低炭素社会の実現のための新エネルギーとして注目されている

ローマクラブの「成長の限界」のワールドモデルにも対し、エネルギーコスト解析に基づいたSPSを含むワールド・ダイナミックス・シミュレーションモデルを作成し、SPSが地球生態・経済系に及ぼす影響が長友・山極により評価されている。その結果、SPSへのエネルギー投資が少ない場合は、SPSの成長が地球上でのエネルギー消費の成長を支えきれないので、成長の限界を回避できないが、SPSへの投資が大きい場合は、SPSの成長が地球上のエネルギー消費の増加を充分支えることが可能となり、地球上の人口、資本の継続的な成長を可能にする。SPSのエネルギー投資が大きい場合、SPS自体から地球への供給されるエネルギーによってSPSの成長が増進されるという"自己増殖状態"となる。一度この状態が達成されると、地球上での成長の限界は完全に回避できることが、このシミュレーション結果によって示されている。つまりSPSは「成長の限界」を打破し、宇宙を人間の持続可能な生存圏として利用することのできる将来技術であり、最終的に人類の宇宙環境利用へとつなげることができるのである。

SPSを実現するために必要な技術は太陽光発電、マイクロ波送電、ロケット、宇宙構造・ロボット技術、熱制御等であるが、乗り越えなければならない技術の高い壁は無く、各技術の研磨と低コスト化が必要なのみである。太陽光発電は現在の宇宙用太陽電池をより1)高量産性、低コスト化、2)軽量化(=高効率化)3)高耐放射線性化、を行うことで経済的実現性を高めればよい。電磁波による無線電力伝送は理論的・実験的に20世紀初頭からニコラ・テスラにより実証実験が行われるような古い技術であり、超巨大高効率高精度軽量安価フェーズドアレーが必須であるが、1960年代以降、アメリカと日本で多くの実証実験が行われているため、技術的な壁は高くない。SPSが提唱され40年がたち、その実現は2030-2040年頃と目され、大きなプロジェクト化が未着手なのにもかかわらず、多くの研究者がSPS研究を行っているのはその実現可能性と将来性の高さのためである。これまで様々なSPSが検討されてきたが、最近の主流は大きな反射板を用いて太陽光を制御・集中させて太陽光発電を行い、発生させた電力をマイクロ波機器にある程度分散配電してからマイクロ波送電を行うものである。

 2009年に我が国でまとめられた宇宙基本計画においては、地球規模の環境問題の解決(低炭素社会の実現)という社会的ニーズと今後10年程度の目標に対するプログラムとして、5年間の開発利用計画の推進がうたわれている。特に開発利用計画では「3年程度を目途に、大気圏での影響やシステム的な確認を行うため、「きぼう」や小型衛星を活用した軌道上実証に着手する」としているが、SPSへ至る統合的な技術実証研究は未だ本格化していない。

「それぞれの人にとって環境とは、「私を除いて存在する全て」であるに違いない。それに対して宇宙は、「私を含んで存在する全て」であるに違いない。環境と宇宙の間のたった一つの違いは、私・・・見る人、為す人、考える人、愛する人、受ける人である私」と数学者・建築家・思想家であるバックミンスター・フラーはアポロ9号の宇宙飛行士だったラッセル・シュワイカートに贈った。現在の環境問題に対する漠然とした危機感はこの当事者意識の薄さに起因するように思えてならない。ゴミを分別したから環境問題が少しだけ解決した、マイ箸を持っている私は良い人、といった「私とその仲間は環境にやさしい」というぬるい意識を払拭しない限り、「環境にやさしい」というキー・ワードが結局企業活動の利益に使われるだけで地球生存圏の抜本的な解決にはならない。逆に宇宙を語ることで個人の幸福や充足を無視しては過去の愚かな独裁者の論理と同じである。宇宙飛行士の多くは地上に戻ると宗教者や農業従事者になり、何かを悟るとよく言われる。「環境と宇宙の間のたった一つの違いは、私」という境地に人類全部が達するとは思えないが、それでも宇宙環境を利用することはこれまで神々の領域であった空を生活の場にするという、これまでにない感覚を人類の多くに気付かせる役目も果たすであろう。ドストエフスキーが指摘した個人と人類の幸せ追求の矛盾を、宇宙環境が中和、昇華して人類を新しいステージへと導けないだろうか。おそらくこのステージに進むためには宇宙を見上げているだけではドストエフスキーのジレンマからは逃れなれない。人が実際に宇宙を地球生存圏として利用して、生活の場にして始めてジレンマの中和、昇華に至るのではないだろうか。そのように環境と私が一体となった感覚を誘発する宇宙とは人間の進むべき最終形に思える。しかしその道のりは非常に遠い。これまで重力に縛られていた人間が1903年にライト兄弟により重力から多少解放されて地球の表層(10km)を往来するようになって100年足らず。さらに完全なる重力からの開放への道のりがいかほどか想像しにくいが、現在の宇宙技術をスタートとしてSPS、月面利用、太陽系利用、そして重力からの開放といったステップを、「裸のサル」である人間の矛盾した内面と共に進めていけば、地球生存圏は宇宙生存圏へと発展できるであろう。その先には重力から開放された新しい「空飛ぶサル」へと人が変化していくであろう。そのために、複合科学である「生存科学」の展開が必要となるであろう。