---NEWSLETTER No-1--- 


「赤道大気上下結合」

1.        はじめに

  赤道域では太陽放射が地球上で最大となるため積雲対流が活発で、巨大な対流雲集団が生成され、これに伴ない各種の大気擾乱が励起される。赤道域ではコリオリ力が最小となることから、これらの擾乱は地球上で最も低い周波数域迄容易に上層に運ばれ、途上の大気圏で赤道域特有の様々な季節非同期振動を励起する。当然東西・南北方向にも伝搬し、最終的に赤道域のエネルギーを広く全地球に輸送することから、赤道域大気圏はグローバルな気候変動をもたらす大気大循環を駆動するエンジンの役割を担っている。特に、海洋大陸と呼ばれる赤道インドネシア域は、水蒸気量が豊富で、大気と海洋が複雑な相互作用をしていることから大気変動の年々摂動は最大となり、エルニーニョで代表される地球規模気候変動に大きな影響を与えている。

  赤道域大気圏には、主として観測の欠如または未蓄積による様々な未解決問題が多く残されているが、その中でも最も根本的なものが、上述の赤道域の大気圏全高度域で普遍的に見られる各種大気振動・波動や電離圏中の擾乱の特性と生成機構についてである。それらの大部分は、究極的には下層の対流圏〜下部成層圏大気の、個々としては比較的小規模・小振幅の擾乱が上方伝搬し、何らかのメカニズムで組織化することに起因するものと想定されるが、従来の観測的研究には個々の小擾乱を分解し、かつ組織化した結果の全体を俯瞰し得るものはなかった。

これら小擾乱の解明にMUレーダーのような大型大気レーダーが有効である。幸い、平成11年度文部省予算により、赤道インドネシア域に大規模な大気レーダーの設置が認められ、平成133月にインドネシア共和国の赤道直下に位置する西スマトラ州ブキティンギ市近郊に完成した。同レーダーは、京都大学宙空電波科学研究センターがMUレーダー建設で培った独自の先端レーダー技術で開発したもので『赤道大気レーダー(Equatorial Atmosphere Radar; EAR)』と呼称される。『EAR』は50MHz帯ドップラーレーダーで、分散型大出力送信機と大口径アンテナにより極めて微弱な大気散乱を受信解析し、地表付近から下部成層圏迄の全高度域の風速ベクトルを始め、高度100km以高の電離圏擾乱など様々な物理量を高分解能・高精度で時間的に連続に観測しうる優れた機能を備えている。

本申請領域では、(1)EAR』を中核に、従来各研究グループにより個別に展開されてきた赤道域観測拠点の整備を進め、(2)これらを広く有機的・組織的に運用することにより、上記の観測的制約を克服し、(3)謎の多かった赤道域大気圏擾乱の生成と、それによる振動と波動生成の実態と機構を明らかにすることを目的とする。個々の観測対象としては古典的気象学、並びに超高層物理学の範疇に属するものも含むが、これを下層から超高層(熱圏・電離圏)に至る大気圏全高度域の上下結合という観点で捉え、それによって地球大気環境全体の変動の根源と想定される赤道域大気圏について、新しい統一的研究法と解釈を確立することは関連研究分野の飛躍的な発展に大きなインパクトを与えるものと期待される。

2.        研究の具体的内容

赤道域下層大気中で発生する積雲対流は、海陸分布や湿潤大気の持つ特性によって、個々の雲の寿命や広がりより遥かに長い時間・大きい空間スケールに組織化する。そのようなスケールの運動の一部は波動となり、平均風による選択を受けながら上方に伝搬し、途上で消滅(砕波または散逸)する過程(波動平均流相互作用)で準2年(QBO)・半年周期振動(SAO)を励振するとされている。更に波動の一部は遠く超高層大気にまでエネルギー・運動量を輸送し、赤道域を特徴付ける多様な電離圏不規則構造などの発生の引き金になると考えられている。

しかしながら、赤道大気の観測研究の歴史は中緯度にくらべて浅く、上述の諸現象の特徴や生成機構も既に確立されたように見えながら、現在でも数多くの問題が未解決のまま残されている。赤道大気は依然として魅力あふれる研究の宝庫なのである(解明を目指す科学的課題とそれらの連関については第6章参照)。

本申請領域では、『EAR』を中心に、既設の小型レーダー、光学観測装置、各種気象測器を整備して、比較的密な『リージョナル』ネットワークを構築することにより、対流雲の組織化、並びに小規模大気波動や電離圏不規則構造の特性と励起伝搬機構を解明する。更にこれらと赤道域太平洋上を東西に延びる米・豪・印大気レーダー網とを連ねた『広域』ネットワークを構築し、大規模波動やQBOSAOENSO、並びに赤道電離圏異常経度依存性などの大規模現象の解明を図る。同時に、数値モデリングも援用して、観測空白域の補完と観測結果の物理的解釈を行う。

以上により、赤道域特有の階層構造をなす各種大気現象、並びに大気圏の上下結合を世界に先駆けて明らかにする。

3.        本研究の対象とする領域

地球大気に生じる物理現象のエネルギー源は、太陽放射に求められる。地球に降り注ぐ太陽放射のうち、波長の短いX線から紫外線の成分は電離圏やオゾン層の形成に寄与する。しかしながら、そのエネルギーの約7割は地表面(及び海面)まで到達する。地球大気のエネルギーバランスは、上記の太陽放射の受け取りと、赤外放射による地球から宇宙へ向けてのエネルギー放出によって成立している。大略、緯度30度より赤道側の領域では太陽放射の受入れが放出を上回り、高緯度側では逆に放出が受入れを上回る。地球大気の大循環は、南北方向の熱のアンバランスを解消するための運動である。また大循環の直接的な駆動力は、赤道域に発生する活発な積雲対流活動である。赤道大気が地球環境問題を解明する上での「へそ」と言われる所以である。

下図に示すように、赤道大気では、大気潮汐(1日及び半日周期)、大気重力波(周期数分から数日程度)、プラネタリー波(周期数日で地球規模の波長を持つ)など、多様な大気波動が励起される。またコリオリ力(地球の自転によって生じる回転力)が消失するという赤道の「特異点」としての性質に伴って、赤道波と呼ばれる波動も発生する。大気波動は、「波動対波動」あるいは「波動対平均流」の相互作用を生じながら上層へ伝搬し、準2年周期振動(QBO)や半年周期振動(SAO)といった平均流の振動現象を生じる。大気と海洋の相互作用から発生するエルニーニョ南方振動は、地球規模の気候変動を引き起こすが、本特定領域研究で赤道大気の継続的な観測を行うことで、エルニーニョ現象の予報につながる発見が期待される。

上方伝搬する大気波動は、上記の相互作用や波動自身の振幅成長に伴って「砕波」を起こし、波動のエネルギーや運動量をその場所に落とす。つまり大気波動は、エネルギー・運動量を遠く離れた上層大気に伝達する働きを持つ。上層に運ばれた波のエネルギーはその場を変化させ、その結果が更に上空に波及する。これが「大気上下結合」である。赤道域の電離圏(高度100km以上)には、プラズマバブルと呼ばれる電子密度構造の顕著な乱れが発生するが、そのきっかけ(seeding)には、下方から伝搬してくる大気重力波が関与するとされている。赤道大気は、地球大気全体にわたる大気物理現象の源であり、しかも地表付近から高度数百kmにわたる広大な高度領域が、上下方向に密接に結びついて存在している。

以上概観した赤道大気の大気物理現象を総合的に研究する手段として、本特定領域研究では、様々な観測装置を用いる。その中核となるのが、赤道大気レーダー(EAR)である。EARサイトを中心として、ライダー、気象レーダー、流星レーダー、大気光カメラ、GPS受信機等が集中的に設置される。これらは赤道大気上下結合の様子を一気に明らかにするための、「リージョナルネットワーク」を構成する。一方、全地球的な現象を明らかにするために、米・豪・印が太平洋をまたぐ形で展開中の太平洋大気レーダーネットワークや、TRMMROCSAT-1TIMED等の衛星観測に代表される、「広域ネットワーク」との有機的な連携を行う。


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