研究内容

アルカロイドの輸送・蓄積

 我々が輸送機構を研究しているモデル化合物は、二次代謝産物の一グループであるアルカロイドの一種、ベルベリンです。ベルベリンは、有名な民間薬である御岳山の「百草」や吉野の「陀羅尼助」などの主要薬効成分として知られています。このアルカロイドは、鮮やかな黄色で非常に苦いのが特徴なのですが、これを含有する薬用植物にはミカン科の、キハダ(これが上記の民間薬の原料になることが多い)、キンポウゲ科のオウレン、アキカラマツ、メギ科のメギなどがあります。我々がモデルとして用いたのはオウレンとアキカラマツの培養細胞で、どちらもベルベリンを生産するのですが、オウレンでは細胞の中に、アキカラマツでは細胞の外にベルベリンを輸送するという違いが認められました。この違いはどこから来るのでしょうか。

 これに関して、我々が最近行ったオウレンでの研究結果を少し紹介します。オウレンが液胞にベルベリンを蓄積していることは、この細胞からプロトプラストを単離し、さらに液胞を単離してみると鮮やかな黄色を示すことからよく分かります。オウレンの液胞はいろいろな大きさをしていますが、平均すると直径が約20mm、平均体積は4.9 pl でした。この中に貯めているベルベリンの濃度は約72mMと計算されました。因みにベルベリンは細菌などに対して強い殺菌効果を示すのですが、植物からすれば、ベルベリンは外敵から自分を守るバリアーのような働きをしていると考えることができます。細胞内に抗菌作用の強い物質を貯めておけば、外敵に襲われて細胞が壊されるとベルベリンが遊離され、これに対抗することができると推定されます。またオウレン細胞は、培地に添加したベルベリンも積極的に吸収してしまい、全てを液胞に運んで蓄積します。この輸送に関与するタンパク質を調べた結果、ABCトランスポータの一種がクローニングされました。

 ABCトランスポータは細菌からヒトに至るまで広く生物界に分布するタンパク質群で、スーパーファミリーを形成しています。真核生物のABCトランスポータは、これまで知られる限り、生体異物や内在性代謝産物を細胞質から細胞外や液胞内腔に排出しているものと信じられてきました。ところが驚くべきことに、オウレンからクローニングしたABCトランスポータ(Cjmdr1)では、物質を細胞外から内側に取り込む活性があることが証明されました。これは真核生物の数あるABCトランスポータにおいて、初めてとなる発見でした。  以上のことから、現在は図のようなアルカロイド輸送モデルを、オウレンとアキカラマツについて考えています。

 これらの研究がどんな役に立つのでしょうか?

 植物の生産する二次代謝産物には、医薬品、健康食品、栄養、嗜好品として重要なものが数多くあります。これらを安定に供給するために高生産性植物の育種であるとか、高生産性培養細胞系の確立、あるいは外来遺伝子を用いた分子育種などが試みられてきています。これらのほとんどは、最終産物の蓄積レベルを見たものか、代謝酵素の活性を指標に選抜したものがほとんどですが、天然物は正しい輸送経路で正しいシンク器官に蓄積しないと、代謝分解を受けたり、それらを生産する植物自体に毒性を示したりすることで、良い結果につながらないことが多いと考えられます。しかし従来は物質の輸送機構に関する分子レベルでの研究はほとんどなされてきませんでした。我々の成果は、新しい研究分野の開拓に繋がると同時に、これまで不可能とされてきた培養系でのアルカロイドやテルペノイドの安定生産に大きく寄与できるものと考えています。