CPEAニュースレターNo.5    2004年12月  
newsletter no.5 December 2004


( 総 括 班 )

赤道大気上下結合(CPEA):
これまでの成果と今後の展望


深尾昌一郎
京都大学生存圏研究所

1. はじめに

 赤道域は強い太陽放射のため積雲対流活動が地球上で最も活発であり、これによって励起される各種大気擾乱が地表近くから高度数百kmに至る広い高度域に強い上下結合を引き起こしている。しかしながら、これまで観測の欠如または未蓄積のため多くの重要物理過程が未解明のまま残されてきた。本特定領域研究『赤道大気上下結合(Coupling Processes in the Equatorial Atmosphere; CPEA)』は、赤道域でも特にこの上下結合が顕著に発現する海洋大陸・赤道インドネシア域でその観測的解明を目指している。
 本特定領域研究CPEAは平成13年度から18年度までの6ヵ年計画として平成13年9月に始動した。現在4年度次にあって、当初計画に沿って順調に「1. 機器開発フェーズ」を経て「2. 個別研究フェーズ」を完結しつつある。平成16年3月から5月にかけては両フェーズの集大成と位置付けた第一次国際観測キャンペーン(CPEA-I)を成功裡に実施し、「3. 総合研究フェーズ」へと漸次移行している。
 去る平成16年9月22日に科学技術・学術審議会学術分科会科学研究費補助金審査部会理工系委員会において2回目(第4年度次)の中間評価を受けた。審査結果は平成16年10月22日、以下のとおり公表された。

評価結果:A(現行のまま進行すればよい)
(中間評価に係る意見) 当初計画に従って、機器開発フェーズに続き個別研究フェーズが行われ、そして本年からの総合研究フェーズへと順調に推移している。機器開発から始めて観測につなげるという方針はよく機能しており、またインドネシアとの長期的視点に立った協力を含めて国際研究協力体制も高く評価できる。フェーズの進展に伴って、今後は班間の総合研究を実効的に進めるために、これまで以上の強いリーダーシップが必要であろう。その上で、革新的な成果が数多く上げられることを期待したい。
いよいよCPEAに残された期間は2年余となった。平成17年秋にはCPEA-Iよりもさらに大規模なCPEA-IIの実施が予定されている。今後、班間の連携をより一層強め、領域全体が一丸となって研究を推進しなければならない。

2. 研究の背景と目的

 赤道域では太陽放射が地球上で最大となるため積雲対流活動が活発で、巨大な対流雲集団(超雲団)が生成され、これにより各種の大気擾乱が励起される。赤道域ではコリオリ力効果が最小となることから、これらの擾乱は地球上で”最も低い周波数域”まで容易に上層に運ばれ、途上の大気圏で赤道域特有の様々な季節非同期振動を励起する。当然東西・南北方向にも伝搬し、最終的に赤道域のエネルギーを広く全地球に輸送する。いわば、赤道域大気はグローバルな大気変動をもたらす大気大循環や大気波動を駆動するエンジンの役割を担っている。特に、海洋大陸・赤道インドネシア域は、水蒸気量が豊富で、大気と海洋が複雑な相互作用をしていることから大気変動の年々摂動は最大となり、エルニーニョで代表される地球規模気候・環境変動に大きな影響を与えている。
 赤道域大気圏に残された様々な未解決問題の中で最も根本的なものの一つが、上述の赤道域の大気圏全高度域で普遍的に見られる各種大気振動や波動並びに擾乱の特性と生成機構である。それらの大部分は、究極的には下層の対流圏や下部成層圏大気の、個々としては比較的小規模・小振幅の擾乱が上方へ伝搬して、何らかのメカニズムで組織化することに起因するものと想定される。しかしながら、従来の観測的研究には個々の小擾乱を分解し、かつ組織化した結果の全体を俯瞰し得るものはなかった。京都大学宙空電波科学研究センター(当時、現生存圏研究所)は、平成13年3月に大型高機能レーダー「赤道大気レーダー (Equatorial Atmosphere Radar; EAR)」をインドネシア共和国スマトラ島の赤道直下に完成させ、同年7月より本格的な観測を開始した。本領域研究は赤道上でも『赤道大気上下結合 (Coupling Processes in the Equatorial Atmosphere: CPEA)』が特に卓越する赤道インドネシア域でその過程の観測的解明を目指すものである。アプローチの特色は、EARを中心として多様な観測装置を集積し、対流圏から成層圏・中間圏を経て電離圏・熱圏へと至る赤道大気の全高度域を一気に観測する観測ネットワークを構築、赤道大気の力学的上下結合の定量的理解を得ることにある。

3. 研究計画と進捗状況

 本領域研究は6班/6計画研究構成で平成13年度に発足した [深尾,平成14年]。これまで各班/各計画研究による個別研究の推進と、班相互間の連携を図ってきた。全体計画は、図1に示すように「1. 機器開発フェーズ」「2. 個別研究フェーズ」及び「3. 総合研究フェーズ」からなる。幸いこれまで研究計画推進に影響を及ぼすような事態は生じず、本領域研究は当初計画に沿って極めて順調に進捗している。
 発足当初の平成13年度から15年度にかけて、図2に示す各種の新観測装置の開発と現地設置を進める一方、当初から赤道大気レーダー(EAR)など従来個別に展開されてきた一部の既設観測装置による長期観測も並行して開始した。「1. 機器開発フェーズ」と「2. 個別研究フェーズ」が楔形になっている所以である。
 過去3年間の機器開発フェーズにEARサイトに整備された観測装置には以下のものがある:Xバンド降雨レーダー、Xバンド気象ドップラーレーダー、EAR/RASS観測用音波発射装置、流星レーダー、全天大気光カメラ、高感度分光フォトメーター、GPSシンチレーション受信機、小型ミーライダー、並びに水蒸気ラジオメータ、マイクロレインレーダー、その他の地上気象観測装置など。またMFレーダーをポンティアナ(カリマンタン島西部)とパムンプク(ジャワ島南部)に設置・整備してインドネシア・リージョナル観測ネットワークを完成した。同時に観測装置の運用・監視とデータ取得のため、EARサイトと京都大学(宇治市)を結ぶ衛星データ回線も整備した。これに加えてインドネシア・マレーシア・シンガポールの計7ヶ所にラジオゾンデ打ち上げ拠点を整備した。何れも本領域研究の関係者が現地の政府・研究者技術者と共同として運用がなされている。これにより文字通り赤道大気に関する世界屈指の観測拠点を構築することに成功したといえる。
 これら最新の観測装置の集積が完了するのを待って、機器開発フェーズと個別研究フェーズの一つの集大成として、平成16年3~5月に第一次国際観測キャンペーン(CPEA-I)を成功裡に実施した。その結果、本領域研究者はかつてどの研究者も手にしたことが無いほどの多量の貴重なデータを取得した。
 一方、ユニークな観測装置であるEAR受信専用システムや大気観測用大型高機能ライダーの開発が16年度中の現地運用開始に向けて、主として国内で順調に進められている。これらの完成後は一層多様な観測が可能となる。平成17年度には第二次国際観測キャンペーン(CPEA-II)が実施される予定になっている。一方、本領域研究者の周辺には、計算機シミュレーションによって大気波動の励起・伝搬・砕波や、中性大気と電離圏プラズマの結合を研究する研究協力者がおり、多様な観測成果の定量的解釈に参画している。


図1 本研究領域の年次計画(発足当初から変更されていない)


図2 本研究領域で整備された観測機器と観測高度範囲(A01~A06は研究項目の番号)

4. これまでの顕著な成果

4.1. 機器開発フェーズの成果

 まず機器開発フェーズで達成された成果の主なものは以下のとおりである。
 (1) 先に述べたように機器開発フェーズの成果としてまず、EARを中核とした多様な観測装置を集積した、他に類を見ない、赤道大気の一大観測拠点を構築したことを挙げることが出来る。ハードウェアとして各高度域に最も適した観測装置が開発・設置されており、またソフトウェアとして東南アジアの3カ国の研究者技術者を結ぶラジオゾンデ打上げネットワークが構築された(図3)。かつてTOGA-COARE (熱帯海洋全球大気変動研究計画‐大気海洋相互作用研究計画)の国際共同観測で短期間に多くの観測装置による同時観測がなされた。しかし、本領域研究による観測ネットワークはこれに比してはるかに長期的な視野に立って構築されたもので、今後国際的な観測拠点として大きな観測的成果がもたらされるものと期待される。
 (2) 機器開発フェーズと個別研究フェーズの一つの集大成として、平成16年3~5月に第一次国際観測キャンペーン(CPEA-I)を成功裡に実施した。上述のラジオゾンデ打上げネットワーク7地点から、総計900回余のラジオゾンデの放球を6時間毎(4月18~22日の期間は3時間毎)に実施した。さらにインドを始めとする諸外国の研究者との国際ネットワーク観測も無事実施され、現在鋭意データ解析が進められている。


図3 第一次国際観測キャンペーン(CPEA-I)におけるラジオゾンデ観測点

4.2. 個別研究フェーズ

 一方、個別研究フェーズの顕著な成果として、次のようなものを列挙することが出来る。
 (3) 対流圏と成層圏の境界である対流圏界面で、赤道域に特有の大気波動(ケルビン波)が砕け乱流化(砕波)している様子をEAR観測により初めて直接捉えることに成功した。対流圏大気と成層圏大気の交換過程については未解明な点が多い。本観測は両大気圏で確かに気塊の交換が非可逆的に発生していることを明確に示す結果で、大気圏間の上下結合の一形態を明らかにしたものである。(A01班)
 (4) インドネシアから太平洋にかけての赤道域上空の中間圏上部(82―88 km)高度の東西風の季節内振動が、インド洋付近の対流活動と相関が強く、両者を結びつける要因は1日周期の大気潮汐波動であることを、気象衛星観測から得られた対流圏雲分布データと複数のレーダー観測から明らかにした。中間圏と対流圏という高度的に離れた領域の現象が1日周期潮汐波動を介して関連していることを定量的に示した成果である。(A04班)
 (5) 日本とオーストラリアに設置した大気光(中間圏・熱圏大気の自律的発光現象)観測から、赤道電離圏に現れる数1000 kmの空間スケールを持つプラズマバブル(泡)と波長100 km程度の中規模電離圏擾乱の両者が、地球磁力線に沿って強い共役性を示すことが初めて明らかにされた。電離圏においては大気波動(大気力学)のみならず電磁力学を考慮に入れた大気圏の相互関係を構築する必要性を明らかにした成果である。(A06班)
 (6) TRMM衛星観測データなどから、インド洋からインドネシア西部域に顕著に現れるMJO (Madden-Julian Oscillation) の活動度で示される大規模な対流活動と雷活動度(局所的な対流活動)に負の相関があることを初めて見出した。海洋上とは異なりスマトラ島上空では局地循環が重要な役割をしていることがその原因として示唆されている。この結果は対流圏内の対流活動度、即ち大気波動の源を明らかにする上で重要である。(A03班)
 (7) 高度が非常に離れた対流圏と電離圏の相互作用に関する研究でも成果が得られ始めた。例えばプラズマバブルの発生頻度と対流活動に相関性が見出された。またGPS衛星電波を用いた掩蔽観測からも、スポラディックE層の発生と対流活動度の間に強い相関が見出されている。(A04班、A06班)

5. 国際研究協力

 地球大気の研究は国際的な広がりのもとで実施されるべきであるが、実際に本領域研究に対する関心は国際的にも高い。国際太陽地球系物理学・科学委員会(SCOSTEP)は国際共同研究計画『CAWSES (Climate And Weather of the Sun-Earth System)』(2004~2008年)を実施中である。そこでは太陽地球系で生起する様々な現象の変動タイムスケールを指標として、比較的短い時間変動(Space Weather)と長い時間変動(Space Climate)の研究を行い、太陽地球系全体の物理の理解を深化させることを目指している。本領域研究の国際観測キャンペーンCPEA-I 及び-IIはその計画の一環として正式に位置付けられている。CPEA-1には、我が国の他、米国、ペルー、ブラジル、オーストラリア、台湾、インドが参画した。また日・豪・米の共同でCPEA-Iに先立ち実施された、オーストラリア北部のDarwin近郊に発生する巨大積乱雲(ヘクター)による波動励起過程を集中観測する観測計画DAWEX (Darwin Area Wave Experiment) にもA04班を中心に参画してきた。このように本領域研究と国外の諸計画が可能な限り緊密に連携するよう引き続き努力を続けることが必要である。
 階層構造をなす赤道域大気現象解明のため、本領域研究では、A03及びA04班を中心に、EARを主拠点とした、100 km~1,000 kmスケールの大気擾乱を把握できるリージョナル観測ネットワークが構築された。これにはマレーシアやシンガポール気象局の協力が得られている。さらにより大規模な数千キロに及ぶ総観規模現象の観測のために、以下の諸機関との国際協力も進められている:インドNational MST radar Facility、インドVikram Sarabhai Space Center、ペルー地球物理学研究所、ブラジルINPE、オーストラリア アデレード大学、同BMRC(Bureau of Meteorological Research Center)、同モナシュ大学、米国Stanford Research Institute International、台湾National Central University。
 また本領域研究の推進に当っては、インドネシア共和国の政府研究機関、研究者技術者から多大な協力を得ていることを指摘しなければならない。特にインドネシア航空宇宙庁(LAPAN)は、京都大学生存圏研究所との間にMOUを締結しEARの運営を共同で行っている。LAPANはEARサイトの隣に観測所を建設し、常駐のオペレータを雇い入れてEARの共同運用に当っている。また本領域研究についても、EARに係わる研究であり推進すべきとの了解を得ており、領域研究全体の推進に関して広範な協力を得ている。また我々は同国の科学技術応用評価庁(BPPT)や気象庁(BMG)とも密接な関係を保ち、特に観測キャンペーンの実施に関して研究協力を仰いでいる。一方、本領域研究の活動は、インドネシア側にも好影響を与えており、2004年度から、LAPANを中心に自前で比較的規模の大きな研究費を獲得し、日本側の真のカウンターパートとして研究活性化を果たしつつある。

6. 今後の推進方策

 本領域研究は「1. 機器開発フェーズ」と「2. 個別研究フェーズ」が順調に完結しつつある。昨年度末からは、当初計画よりも少し早く「3. 総合研究フェーズ」が開始されており、第一次国際観測キャンペーン(CPEA-I)も無事に終了した。研究面においても、個別の成果のみならず、各班連携による、特定領域研究にふさわしい成果も上がりつつある。今後も国際的な研究協力の枠組みを尊重しながら、『赤道大気上下結合』の定量的理解を確実なものにするよう、平成17年度に予定される第二次国際観測キャンペーン(CPEA-II)の実施を含む研究計画を押し進めて行く。その際、本領域研究においては研究の主舞台がインドネシアなど外国にあるため、安全確保に最大限の配慮が必要であると認識している。
 CPEAが目指しているのは決して各班個別の成果ではない。6班が共同して取組んでいる大課題の解明である。このためCPEA-Iのデータ解析を一層推進する目的で平成17年には研究テーマを限定したミニワークショップを頻繁に開催する予定である。CPEAには「今後のグローバルな見地からの研究展開や新たな問題提起・新概念の提出」(上記科学研究費補助金審査部会理工系委員会第2年度次中間評価の意見から)が期待されている。引き続き関係各方面のご理解とご支援をお願いしたい。

参考文献

深尾昌一郎,平成14年度科学研究費補助金特定領域研究に係る経過報告書 「赤道大気上下結合」,38pp., 平成14年9月.
深尾昌一郎,赤道大気上下結合--現状と課題--,赤道大気上下結合平成14年度公開ワークショップ,1-4,2002.





( A 01 班 )

赤道大気レーダー長期連続観測による赤道大気波動の解明
― 研究進捗状況 ―

山本 衛、山本 真之、橋口 浩之、深尾 昌一郎
(京都大学生存圏研究所)

1. はじめに

 計画研究項目A01 (以下、本研究班)は、本研究領域の中心をなす赤道大気レーダー(Equatorial Atmosphere Radar; EAR)の長期連続観測を実施し、数メートル×数秒と微細な空間・時間スケールを持つ大気乱流から、地球規模の空間スケールと数年間の時間スケールを持つ赤道大気振動までの諸現象の因果関係と成因を明らかにすることを目的としている。そのため、EARの長期連続観測を実施し、並行して全ての計画研究項目との協同観測を通じてEARのみでは得られない大気パラメータの振舞いを調べることによって、赤道大気力学構造の総合的な理解を深めるべく、研究活動を続けてきた。前回の公開ワークショップ以降、本研究班では第一回のCPEA国際観測キャンペーン(CPEA-I)に参画するとともに、以下のような研究を推進してきた。

 本稿では、CPEA-Iの実施状況を報告すると共に最近の研究成果を概観する。

2. EAR長期連続観測と観測キャンペーン

 EARの観測状況を図1に示す。基本の観測モードは高度20 km程度までの対流圏・下部成層圏の5ビーム観測であり、2001年6月から現在まで連続的に実施中である。また、図1に矢印で示す期間には海洋研究開発機構 地球環境観測研究センター(旧 地球観測フロンティア)等が実施するラジオゾンデ観測との協同観測、黒く示された観測期間中には計画研究項目A06との協同となる電離圏イレギュラリティ(FAI)観測を実施するなど、長期連続観測は順調に推移している。EAR観測データについては一次解析で得られる風速、スペクトル幅、エコー強度等の10分値を、ホームページhttp://www.rish.kyoto-u.ac.jp/ear/data/ において公開している。また現在、電離圏イレギュラリティ観測データについても公開に向けて作業を進めている。
 CPEA-I期間中は、本研究班はEAR観測を責任をもって遂行した。同期間中のEAR観測モードについて表1にまとめる。3月8日から4月4日までは日中(8~18LT)には通常の対流圏・成層圏標準の5ビーム観測(以下、標準観測)を継続し、毎日の日没から翌朝の時間帯(18~8LT)には標準観測に加えて、電離圏F領域とE領域の電離圏イレギュラリティ観測を実施した。また4月10日から5月4日までの期間中は、標準観測とRASS温度観測を切替実施した。5月5日から9日の期間は、標準観測と鉛直流の強化観測モードを組み合わせて実施している。4月10日以降の観測期間は、インドネシア・マレーシア・シンガポールにおけるラジオゾンデ観測期間に一致している。これらのCPEA-Iに関する観測に先立って、2004年2月にEAR装置の定期点検・整備を行い、観測モードが切り替わる4月上旬にも更に点検・整備を実施するなど準備は十分に行った。しかしCPEA-I期間中はEAR周辺の雷雲活動が非常に活発であったため、残念ながら3月14日と4月13日にEAR付近に落雷があり、EAR機器に被害を受けた。それぞれ4日間弱および1日間強の欠測を経て比較的早急に観測を復旧することはできたが、特に3月14日の観測は電離圏観測の開始直後の事故であったために、観測の機会を幾分失う結果となった。
 本研究班では、CPEA-I以外にも他の研究項目他との研究協力を推進している。それらは、表1の下部に示すように、A02班によるマルチスタティック・レーダー観測による対流圏の3次元風速観測、A05班によるナトリウムライダー観測やミ-散乱ライダー観測とEARとの協同観測などである。低緯度電離圏の研究に関して、(独)情報通信研究機構がEARサイトを含む同一子午線上に展開中のFM-CWアイオノゾンデ観測網(Southeast Asia Equatorial Ionospheric Network: SEALION)との協同も継続中である。


図1 赤道大気レーダー(EAR)観測期間

表1 CPEA-I期間中のEAR観測モードと運転状況

その他のEAR特別観測
2004年9月 対流圏3次元風速観測(A02班によるマルチスタティック観測)
2004年9月 電離圏E領域FAI観測(E領域FAI観測の24時間観測)
2004年10月 プラズマバブル観測(SEALION 3点アイオノゾンデ観測網との協同)
2004年10月 ナトリウムライダーとの協同観測(A05班ライダーとの協同)
2004年12月 巻雲・鉛直流特別観測(A05班ライダーとの協同)

3. 観測成果と今後の課題

 本研究班による最近の研究成果に関して、まず対流圏・下部成層圏の研究について述べる。EARの設置されているスマトラ島は、熱帯域において最も活発な対流活動が発生する地域の一つである。熱帯インドネシアおける対流活動を規定する重要なモードである季節内変動(Intraseasonal Variation; ISV)がスマトラ島における対流活動に与える影響をEAR・境界層レーダー・気象衛星・再解析データを用いて詳細に調べた(Seto et al., 2004)。この研究によりMJOによる対流の活発期には100 kmスケールの西進する雲団がスマトラ島での降雨をもたらす一方で、MJOの東風フェーズには局地循環による日周期の対流活動がスマトラ島での降雨の要因になることを明らかにした。また現在は、季節内振動より短い5—10日スケールのスマトラ島の対流活動の変動につき、その形成要因を明らかにしつつある(Yamamoto et al., 投稿準備中)。積雲対流に起因する短周期の重力波は大気中のエネルギーの上方伝搬に大きな寄与を果たすことがこれまでに指摘されている。この積雲対流に起因する10時間以下の時間スケールの重力波につき、CPEA-IにおけるEAR・境界層レーダー・ラジオゾンデ・気象レーダーのデータを用いてその様態を明らかにした (Dhaka et al., 2005)。さらに、鉛直流の直接観測が可能であるEARの特徴を生かした観測により、上部対流圏における鉛直流の時間高度変動を明らかにしつつある。また2003年11月のEAR-ラジオゾンデ同時観測の結果をもとに、上部対流圏の鉛直流変動が大規模場に起因する風速の鉛直シアーと上層雲の出現頻度に大きく影響をされることを見出しつつある(Nishi et al., 投稿準備中)。CPEA-I期間中の上部対流圏の鉛直流の解析を実施し、中緯度のみならず熱帯域でも上部対流圏の鉛直流が等温位面の水平勾配により1-2日スケールで継続的に5-10 cm/sの下降流を生み出す成因になること、この下降流は巻雲の雲頂を決定する要因になり得ることを示している。次に電離圏に関しては、EARの多ビーム観測機能を活かして赤道スプレッドFの時間変動と空間構造を分離観測することに成功し(Fukao et al., 2004)、スプレッドF現象の発生時刻が、ほとんどの場合EAR上空のF領域高度の日没時刻より遅く、それと磁力線に沿って結合した磁気赤道における日没時刻までの時間帯に集中することを明らかにした(Yokoyama et al., 2004)。最近では更にスプレッドF現象の大規模な東西構造やF領域E領域のイレギュラリティの電磁力学的カップリングについても研究を進めている。

図2はCPEA-I期間中のEAR対流圏・下部成層圏観測から得られた北向き及び東向き運動量フラックスの時間・高度分布を示している(Dhaka et al., 2005)。EARサイトに設置されたXバンド気象レーダーから、図中の矢印の時間帯には強い積乱雲がEAR上空を通過したことが明らかであり、境界層レーダー観測からは、高度8 kmにいたる降雨粒子からのエコーが観測されている。運動量フラックスの強い変動は、積雲対流に伴う大気波動の生成の様子を捉えたものと考えられる。変動パターンから特定の周期・波長を見出すことは難しいが、これは大気波動の発生域における変動の特徴を表している可能性がある。このような変動が波動として上空へ伝搬し、赤道大気の力学的上下結合を生み出していると考えられる。
図3に電離圏におけるスプレッドFに起因するF領域イレギュラリティ・エコーの観測例を示す。それぞれのエコ-強度の時間・高度分布図は上から方位角125度、137度、151度、165度、180度に対応している。方位角151度の図において19:45ごろに高度350 kmを中心に発生したエコーは、時間とともに発達しながら方位角137度、125度のビーム内に遅れて現れる。図3では、更にSEALIONアイオノゾンデのうちEAR上空で観測されたF領域の高度を白線で示しているが、これがスプレッドFエコーの下限高度に良く一致する。つまり超大型のISレーダーであるJicamarcaレーダー観測等から明らかにされたような、F領域からプラズマバブルが湧き上がる様子の観測に成功しているわけで、EARとSEALIONによる協同観測が東南アジア域の低緯度・赤道電離圏の解明のために極めて有力であることを示している。


図2 EARによる積雲対流に伴う重力波の生成(Dhaka et al., 2005)


図3 低緯度スプレッドFエコーの時間高度分布。F領域高度。図中の白線と
黒線はイオノゾンデ観測によるEAR上空及び磁気赤道におけるF領域高度。

 本年度当初に実施されたCPEA-I観測のデータ解析の促進を目的として、本研究班には研究費の追加配分が認められた。これによってEAR保守部品や観測用のラジオゾンデを購入する一方、平成17年1~3月の期間に、ドイツとインドから各1名の有能な若手研究者を招へいしてデータ解析に当らせている。対流圏・下部成層圏の研究に関しては、A03班が運用したXバンドドップラーレーダーとEARによる同時・同領域観測データの解析を進め、積雲対流の時間・空間構造や大気波動の生成に関する研究を推進することを目指している。また電離圏研究については、F領域とE領域の電磁力学的カップリングと、電離圏イレギュラリティと中性大気の相互作用についての研究推進を目指している。
 本研究項目ではこれまで比較的順調に研究を進めており、CPEA-Iも予定通りに実施することができた。今後は他の計画研究課題との共同を強化し、膨大な観測データの解析を進め、本研究領域が目的としている赤道大気の力学的上下結合の解明に向けて更に努力して行く。また来年度には第二回目の国際観測キャンペーン(CPEA-II)が予定されており、これに向けてEAR観測機能の維持のための作業も着実に実施して行く。

参考文献

Dhaka, S. K., Y. Shibagaki, M. K. Yamamoto, H. Hashiguchi, M. Yamamoto, and S. Fukao, Circularly symmetrical distribution of gravity waves above convection observed by Equatorial Atmosphere Radar (0.20S, 100.32E) in Indonesia, Geophys. Res. Lett., in revision, 2005.
Fukao, S., Y. Ozawa, T. Yokoyama, M. Yamamoto, and R. T. Tsunoda, First Observations of Spatial Structure of 3-m-Scale Field-Aligned Irregularities with the Equatorial Atmosphere Radar in Indonesia, J. Geophys. Res., 109, A02304, 2004.
Seto T. H., M. K. Yamamoto, H. Hashiguchi, and S. Fukao, Convective activities associated with intraseasonal variation over Sumatera, Indonesia observed with the equatorial atmosphere radar, Ann. Geophys., 22, 3899-3916, 2004.
Yokoyama, T., S. Fukao, and M. Yamamoto, Relationship of the onset of equatorial F region irregulariteis with the sunset terminator observed with the Equatorial Atmosphere Radar, Geophys. Res. Lett., 31 (24), L24804, 2004.


( A 02 班 )

ディジタル受信機アレイを用いたマルチスタティック観測

佐藤亨、西村耕司、後藤英公
京都大学大学院情報学研究科

1. はじめに

 大気レーダは大気のダイナミクスを直接観測することのできる重要な手段であり, 中層・高層大気を観測できる大型のものだけでも, 京都大学の赤道大気レーダ(EAR, 中心周波数47MHz) を含め, 世界中で複数稼動している. これら大型の大気レーダでは送受信を同一の開口により行うモノスタティック方式が用いられ, ビームを走査することにより得られる大気の各視線方向速度から空間的な一様性の仮定の下に3 次元大気風速の推定を行っている.
一方マルチスタティック方式とはエコーの受信を複数の地点で行い散乱体の3 次元速度を空間一様性の仮定なしに求める方式である. このマルチスタティック方式はモノスタティック方式に比べて空間分解能が飛躍的に向上する反面, 技術的, 経済的なコストが大きいため従来大型大気レーダで導入された例は少なく, これらの意味で低コストなシステムの導入が待たれている.
 また大気レーダに関するもう一つの問題として山岳や大地からのクラッタの問題がある. 一般に大気からのエコーは非常に微弱であるため, これらの強力なクラッタによる推定精度の劣化を免れない. このようなクラッタ環境下における有効な観測手法としてアダプティブアレイを用いたクラッタ抑圧[1]が提案されている.
 本研究ではPC 搭載型のAD変換ボードを用いたディジタル受信機システムを構成することにより,赤道大気レーダにおいて, 大気レーダでは初めてアダプティブなマルチスタティック方式による観測を行った.

2. マルチスタティックレーダによる観測

 従来大型大気レーダでは送受信で同一のパラボラやアンテナアレイを用いるモノスタティック方式が用いられてきた. これらのレーダではビームを走査することにより得られる大気の各視線方向速度から空間的な一様性の仮定の下に3 次元大気風速の推定を行っている. モノスタティックレーダではこの一様性の仮定のため特に水平方向の分解能が低く, 数100m 程度の小規模な大気乱流を観測することは困難である.
 マルチスタティック方式は受信点を複数設けることによりある散乱体からのエコーを同時に多方向から観測することにより, 速度ベクトルの各成分を求める方式である. これにより空間一様性の仮定なしに散乱体の3 次元速度を求めることが可能になり,空間分解能が飛躍的に向上することになる. またマルチスタティック方式を利用する副次的なメリットとして, モノスタティックレーダでは送受信の切り替えの必要から通常観測の困難である低高度のエコーを観測できることもあげられる.
 EAR においてマルチスタティック観測を行うためにはEAR 本体以外に2 箇所の受信サイトが必要である. 受信サイトの選定は以下のように行った.図1 に2 点での(バイスタティック) 観測におけるベースライン長と水平風速推定誤差の関係を示す.これによりマルチスタティック観測により大きな改善が得られる水平風速推定誤差は, 現実的な値であるベースライン長3000m 程度以下の領域では距離に対して単調減少であることがわかる. 本研究では現地の地形, および送信点に対する受信点2 箇所の配置の直交性などを考慮し,EAR から西および南へ約1300m の地点(図2 中のSub-A およびSub-B) を受信サイトとした.
 観測に使用するアンテナの本数は保守性および感度のトレードオフが問題となるため, 以下のように決定した. 上述の1300m のベースライン長より図1 から風速推定精度が決定され, 誤差2m/s 以下で風速を得られるのは高度約6km∼7km 程度であることが分かる. 図3 に示すEAR により得られたエコーパワープロファイルによれば, アンテナ1 本あたりのSN 比はおよそ-6dB から-12dB である. また風速推定のためには0dB 程度の感度が必要であるため, アンテナ本数はSN 比10dB の改善が見込める10 本とした.

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3. アダプティブクラッタ抑圧の必要性

通常大気レーダでは所望の大気エコーに対しクラッタ強度が非常に強いため, エコーのドップラー速度を求めるために, 受信された時系列信号に対してクラッタ除去の処理を行う. しかし, 特にドップラーシフトが小さい場合, 大気エコーとクラッタを分離することはほとんど不可能であり風速推定精度は劣化する. このような事情により空間的に信号の選別を行うクラッタ抑圧は, 大気レーダにおいて非常に有効な手法であると考えられている.
 また大気レーダでは大型のアンテナアレイもしくは開口面アンテナを用いることにより高い指向性を得ている. しかしマルチスタティック方式の場合少数のアンテナにより構成される受信サイトではそのような高い指向性を得ることは難しく, クラッタによる干渉の問題はより厳しいものとなる. このためマルチスタティックシステムにおいて, ディジタル受信機を利用したアダプティブクラッタ抑圧を行うことは, 大気観測手法の有効な有機的結合であると考えられる.
 クラッタ抑圧のための制御アルゴリズムとしては方向拘束付き電力最小化法(DCMP-CN) を用いるものとする[2]. これはアレイの所望方向での指向性利得を固定したまま合成電力を最小化するようにウエイトを制御するものであり一般に入射電力の大きい信号ほど強く抑圧することが可能である. 大気レーダのように所望波に比べ干渉波が非常に大きい環境では望ましい結果が得られる.
 各受信アンテナ素子における値を要素とするベクトル表記を用いると, このアルゴリズムは, 時系列である受信信号ベクトルをx, ウエイトベクトルをw, 所望方向のステアリングベクトルをc として次のように表される.
     
ただしRxx はRxx =< xxH > で表される相関行列, δ2 はw に許容される2乗ノルムの最大値である. δ2 は大きいほどクラッタ抑圧のためのゲインには余裕ができるが, ノイズを増幅することになるためSN 比が低下する.

4. 観測システム構

 受信機は保守性, 経済性および信号処理の容易さなどを考慮し,PC 搭載型のAD変換ボードを利用したディジタル受信機システムを開発し, 受信機アレイを構成した. 受信機システムの概略は以下のようである(図4). AD 変換ボードにはPCI バス対応のEchotek 社製EDCR-214PCI を使用した.
 アンテナから帯域通過フィルタおよび低雑音アンプを経由してAD 変換ボードへ入力された47MHzのRF 信号は, 初段の14bitAD 変換器にて64MHzでサンプリングされる. サンプリングクロックはGPS 受信機の出力する10MHz 基準信号からディジタルシンセサイザを用いて生成した. サンプリングされた信号はDSP でIQ 復調および2MS/s までダウンコンバージョンされ,PCI 経由で出力される. PCでは書き込み速度とデータ量の圧縮のため30 回コヒーレント積分を行いHDDへ記録した. また各サイトのそれぞれにおいてアンテナ10 本は約0.7λ 間隔の正三角形格子配列とした(図5).


5. 観測結果

 観測は2004 年9 月25 日から29 日にかけて行われ, 約100 時間におよぶデータが得られた. EAR の観測モードの概要を表1 に示す.各観測モードは約82 秒ごとに切り替わるものとした. 受信機システムの安定性の問題から各受信サイトで設置された10 本のアンテナにつながる10 系統の受信システムが全て動作している時間帯は少なかった. 以下の解析では受信サイトBにおいて8 系統(図5 のアンテナ番号1-4,7-10) の受信システムが動作していた時刻のデータについて解析を行った.


5.1. 位相補正およびコヒーレント合成

 受信機ではEAR とは独立にGPS による基準周波数を得ているため, 正確なドップラーシフトを求めるためには微小な周波数誤差を補正し,EAR との完全な周波数同期を取らなければならない. このためドップラーシフトの発生しない直達波を観測されたデータから抽出することにより周波数のずれを求めた. 図6,7 に直達波の位相の時間変化を示す.図6 は周波数が比較的安定であったときのものである. 図7 では1 秒周期の位相ジッタがみられており,GPS 受信機での基準周波数発生アルゴリズムに起因するものと思われる. また別の時刻にはGPS衛星セットの切り替わりに起因すると推測される不規則な周波数のホップも見られた. これらの位相変動を観測データから除去する簡易な方法として, 信号の得られたアンテナ全てについて直達波成分を同位相合成した平均周波数変動信号を求めた. この平均信号の位相分を各アンテナに対し補正することで周波数のゆらぎ, およびジッタを取り除いた.
 以上の処理を行ったデータに対し解析を行った.一例としてアンテナ1 本で得られたモード1, 南東方向ビームからのエコーのドップラースペクトルを図8 に示す. 図3 から予想される通り高度4km 以上までエコーが識別できることが分かる.
 ここで受信機システムではアンテナやフィルタ,アンプなどにおいてそれぞれ固有の位相回転を持つため, これを補正しなければコヒーレントな合成を行うことができない. よってアンテナからAD 変換ボードまでの経路で発生する位相回転量をひとまとまりとして各アンテナ系の固有位相とし, 観測されたデータを用いて以下のアルゴリズムにより補正値を求めた.

  1. 適当なエコーの強い散乱点を数点(i=1,2,...) 選び, 各アンテナ(j=1,2,...) において時系列を抽出.
  2. 各散乱点i に対して同相となる位相値φij をアンテナ配置より求める.
  3. 各散乱点i に対してSN 比が最大となる位相値˜φij をデータより求める.
  4. 誤差2 乗和E = Σ(φij − ˜φij + ψj)2 を最小とするψj を各アンテナ系固有の位相値とする.

また各サイトにおけるアンテナの相対位置に関してはメジャー等を用いて十分正確な値を得たが, GPSを用いた簡易な測定により決定した方位に関して十分な精度がないことが懸念されたため, 位相補正値決定に加え次の手順で補正を行った.

  1. 方位誤差θ を仮定したアンテナ位置を求める.
  2. 上述の位相補正値決定アルゴリズムにより誤差2 乗和E を求める.
  3. θ を少しづつ変化させて, 最小のE を与えるθとそのときのψj をそれぞれ方位および固有位相の補正値とする.

これにより得られた補正値を用いてアンテナ8 本分コヒーレントに合成することにより得られたドップラースペクトルを図9 に示す. 各高度における大気エコーの強度が, アンテナ1 本のときに比較して約9dB 上昇しており, 上のデータを用いたアルゴリズムにより概ね方位角および位相の補正値が正しく計算されていることが確認できた.



5.2. アダプティブクラッタ抑圧上で得られたコヒーレント合成

 上で得られたコヒーレント合成結果では, 山岳および地面からのクラッタがドップラー速度0 付近で非常に強く観測されていることが分かる. この例では高度3km 付近での大気のドップラー速度が小さく, 大気エコーがクラッタに覆われて正確な速度の推定値を与えることが困難になることが予想される.
 図10 ∼ 12 はアダプティブクラッタ抑圧を行ったドップラースペクトルである. 図12 右が図8,9 と同じ南東方向ビームからのデータ. クラッタ抑圧しないスペクトルに比べると, 中央の干渉信号が除去されためドップラーシフトが小さい大気エコーがも読み取ることができることがわかる. また通常のコヒーレント合成スペクトルにおいて高度で6km 以上の高々度からのエコーがほとんど確認できないのに比較して, クラッタ抑圧したスペクトルでは連続的にエコーが受信されていることが分かる. これは信号処理過程で広がったクラッタスペクトルのすそが除去されたことによりノイズフロアが本来のノイズレベル付近まで下がったことによる. さらに通常の大気レーダでは観測の困難な1km 程度以下の低高度からのエコーも観測することができ, 境界層の解析において新たな情報を提供する可能性もある.


6. まとめ

 低コストなPC 搭載型AD変換ボードを利用したディジタル受信機アレイにより, マルチスタティック観測を行った. コヒーレントな合成を行うため,観測値を利用したアルゴリズムにより個々のアンテナ等で発生する固有の位相回転およびアンテナ位置の測定誤差を補正した. またDCMP-CN によるアダプティブクラッタ抑圧を行い, その結果エコーのドップラーシフトが小さい場合も速度の推定が可能になるだけでなく, 通常のコヒーレント合成では見られなかった高々度からの弱いエコーが識別できるようになった.

参考文献

[1] 神尾和憲, 佐藤亨, “高利得アレー用アダプティブサイドローブ抑圧法,” 信学誌, vol.86-B, no.5, pp.790-797, 2003.
[2] K.Kamio, K.Nishimura, and T.Sato, ”Adaptive sidelobe control for clutter rejection of atmospheric radars,” Ann. Geophys., in press.




( A 03 班 )

Study of equatorial convection: Evolution and their coupling with meso-
to large-scale precipitation systems -Outline of A03 project-
赤道域における対流雲発生機構と降水システムの研究「概要」

Toshiaki Kozu(1), Toyoshi Shimomai(1),Yasumasa Kodama(2), Yukari Takayabu(3), Yoshiaki Shibagaki(4),
Yasushi Fujiyoshi(5), Masayuki Kawashima(5), Masayuki Ohi(5), Jun’ichi Furumoto(6),
Shuichi Mori(7) in collaboration with LAPAN, Indonesia, and CPEA A03-related scientists in Japan(8)

1: Shimane University, 2: Hirosaki University, 3: University of Tokyo,
4: Osaka Electro-Communication University, 5: Hokkaido University,
6: Kyoto University, 7: IORSGC, 8: Refer to Acknowledgment

1. Objective and outline

 The goal of this project is to understand the behavior and mechanisms of convection-origin atmospheric waves as well as the hierarchical structure of equatorial convective activities and couplings between them, through comprehensive observations of equatorial convection at Koto Tabang, west Sumatra, Indonesia. To achieve this goal, studies are divided into four categories; (1) Evolution and structure of each convective cloud, (2) Hierarchical structure and coupling among meso-scale, synoptic scale and super cloud cluster activities, (3) rainfall properties in Maritime Continent (MC) and its relation to global scale phenomena such as MJO and ENSO, and finally (4) Gravity wave and other coupling mechanisms from convective activities to upper atmospheres.
 To provide necessary information to the project, a set of comprehensive observation systems have been developed at Koto Tabang, west Sumatra.
 This system consists of the following instruments; (1) Equatorial Atmosphere Radar (EAR) (vertical profiles of wind and precipitation), (2) X-band rain radar (X-radar) (2D structure of rain field, and 3D structure in part), (3) Microwave radiometer (vertical profile of water vapor), (4) Radio Acoustic Sounding System (RASS) (vertical profiles of temperature and water vapor in combination with the EAR), (5) 2D Video Disdrometer (2DVD; raindrop size distribution), (6) Optical Rain Gauge (ORG), (7) Micro-Rain Radar (MRR, low altitude precipitation profile). Table 1 summarizes major instruments employed for this project.
The first international observation campaigns has been conducted in March-May, 2004, and the second one is scheduled in November to December 2005 to obtain more information on horizontal and vertical structure of atmosphere, and coupling between troposphere and upper atmospheric regions. The campaign observation that combines regional and wide area sounding networks as well as the in-situ and remote sensing system at Koto Tabang provided a valuable dataset to strengthen the ability to accomplish the goal of this project.

Table 1. Summary of major instruments.

2. Status of instrument installation and operation

 A03 related instruments listed in Table 1 have been installed by the end of fiscal year 2002, and basically in operation except the XDR and RASS, which have been used only for the campaign period and intensive observation periods. Fig.1 shows the installation and operation status of the instruments.
 The data acquired at Koto Tabang are first stored on data collection computers in the EAR observatory, and periodically transferred to RISH and/or Shimane University for archive, level-1 processing, scientific researches in Japan and Indonesia, and for public-release (for wider data release). To make the data search more convenient, browse of ORG, RM, X-radar, etc. are available on-line at the RISH and Shimane University Web site.
 In the beginning of April 2004, a tipping bucket rain gage (TP-RG) was installed as a reference tool to measure ground rainfall. Figure 2 shows the comparison of daily rainfall amounts measured by ORG, MAWS (@GAW station) and TP-RG in April 2004. Considering that ORG observation stopped for some periods, rainfalls from these three instruments are in reasonable agreement.


Fig.1. Summary of instrument installation and operation.


Fig.2. Comparison of daily rainfall amounts measured by ORG, MAWS and TP-RG installed
at the EAR site, Koto Tabang. (MAWS is installed at GAW station.)


3. International observation campaign

In Koto Tabang, rainfall shows clear seasonal and diurnal variations as shown in Fig.3. During the overall international observation campaign of CPEA (March 10 to May 9, 2004), which corresponds to pre-SW monsoon season, A03 (tropospheric convection) and A04 (atmospheric waves and energy transport) related activities were conducted in the latter half of the campaign period, 10th April to 9th May. Strategies of the A03 campaign are categorized into two programs:
(1) Triple-scale upper-sounding network centered at Koto Tabang (KT) is constructed to understand characteristics of local circulation (horizontal scale ~50 km), meso-scale convective systems (horizontal scale ~300 km), and MJO and gravity wave structures (horizontal scale ~1,000 km). Main objectives of radiosonde observations is to obtain profiles of temperature, pressure and horizontal wind velocity up to 30-35 km, as well as humidity profiles in the troposphere. This is a joint effort with the CPEA subproject A04, the CPEA Indonesian partner, LAPAN, and conducted in collaboration with IORSGC, Japan, with supports from BPPT and BMG, Indonesia. Malaysian Meteorological Service (MMS) and Meteorological Services Division, National Environment Agency (MSD/NEA), Singapore, also collaborated with this campaign and conducted special activities of their upper air sounding. Radiosondes were launched every six hours during the period of 30 days (ITM30). During this period we choose a more intensive period of five days (ITM5; April 18-22) to catch heavy rain events, and launched radiosondes every three hours. The launches were from Koto Tabang (0.20゜S, 100.32゜E), Bandung (6.9゜S, 107.6゜E), Jambi (1.60゜S,103.65゜E), Padang airport (1.0゜S, 100.4゜E), Kuala Lumpur (3.2゜ N, 101.7゜E), Kuching (1.5゜N, 110.3゜E) and Singapore (1.3゜N, 103.8゜E).
(2) Comprehensive rain and atmospheric observations at KT were conducted using various instruments such as the EAR, X-band Doppler radar, RASS, radiometer, X-band rain radar, and ground-based instruments, which make it possible to connect horizontal and vertical distribution of convective activities.As shown in Fig.4, convective activities around Koto Tabang changed from non-active MJO phase (until about April 25) to active MJO phase (about April 25 to May 6), in which several super cloud clusters (SCCs) were contained. In response to such large scale conditions, rainfall amount at Padang changed clearly. However, daily accumulated rainfall amounts at Koto Tabang is different from Padang; at Koto Tabang, much rainfall was observed even in the non-active phase of MJO. This is probably caused by local convective activity is still significant in the non-active phase of MJO at Koto Tabang.


Fig.3. Diurnal and seasonal variations of rainfall at Koto Tabang, measured by ORG. North-East (NE),
South-West (SW), pre-NE and pre-SW monsoons correspond  to Dec.-March, June-Sept., Oct.-Nov.,
and Apr.-May, respectively.


Fig.4. Convective activity around Koto Tabang and daily rainfall during the first CPEA campaign
between April 10 and May 9. (a) GOES-9 infra-red brightness temperature (TBB) date-longitude diagram,
dark color corresponds to low TBB. (b) Daily total rainfall at Koto Tabang. (c) Daily total rainfall
at Padang (provided from Dr. Fumie Murata.)


4. Scientific research activities

 During the fiscal year from 2003 to 2004, studies have been focused to the following study items. Especially much efforts have been given to the analyses of the data obtained in the first CPEA campaign.
(1) Study of lightning and rainfall characteristics obtained from TRMM satellite (Takayabu et al. 2003; Takayabu et al. 2004). It has been shown that the lightning activity around Maritime Continent undergoes much diurnal variation and seasonal variation. Moreover intraseasonal variation of lightning in response to MJO has been found (Morita, 2004). Since characteristics of lightning activity is closely related to the intensity of tropospheric convection, results of the lightning studies would be relevant to the study of convection-origin gravity wave generation.
(2) Study of hierarchical structure of rainfall in Sumatra (Shibagaki et al. 2003; Shibagaki et al. 2004a; Shibagaki et al. 2004b). In the course of this study, detailed hierarchical characteristics, ranging from meso-g to SCC scales have been investigated. During the MJO active phase in the campaign, lower troposphere convergence was activated through the interaction between back-ground and local wind fields, which enhanced convective activities around Sumatra island. The structure and movement of SCCs were characterized by the evolution of cloud clusters due to local convection.
(3) Study of correlation of large-scale convective activity versus cloud micro-physics (especially raindrop size distribution). Raindrop size distribution (DSD) is formed as a final “product” of complicated micro-physical processes in cloud and rain. It is expected that there would be systematic differences in DSD between different rainfall types. It was found that there is a clear shift in a weighted mean drop diameter between the non-active to active phases of MJO in April to May 2004, indicating that the existence of intraseasonal variation in DSD in response to the large-scale convective activities (Kozu et al. 2005). Such DSD variation may be related to the change in rain-top height derived from the Boundary Layer Radar (BLR) during the CPEA campaign (see Fig. 5).
(4) Study of vertical velocity characteristics in convective cloud (Kodama et al. 2004; Kodama and Tokuda 2004). Vertical velocity is an important parameter to study troposphere- stratosphere coupling and to estimate heat source (Q1) and moisture sink (Q2). In this study, EAR-derived and sonde network estimated vertical velocities are compared. It was also found that variance of vertical wind increases during convective rain, not only in troposphere but also in lower stratosphere, suggesting the gravity wave generation due to convective activity (Kodama, 2004).
(5) Study of rain structure and evolution of convective cloud using the X-band Doppler radar (XDR) (Kawashima et al. 2004). XDR observations during the first campaign revealed evolution processes of convective cloud systems. It has been found that intense convection occurred approximately between 15 – 18 LT, resulting in clear diurnal cycle of rainfall. On the other hand, such diurnal cycle becomes less clear and no intense convection was observed during the MJO active phase.
(6) Study of water vapor estimation using EAR-RASS (Furumoto et al. 2004). Using the data obtained in a series of EAR-RASS experiments conducted with radio-sonde launch, it has been confirmed that the RASS can be used to estimate water vapor profile as well as temperature profile. Utilizing this information, studies on the effects of water vapor to the coupling processes between troposphere and stratosphere will be conducted.
Based on studies of precipitation characteristics of various scales mentioned above, we will study kinematical structures of equatorial convection related to atmospheric wave generation and momentum transport to upper atmosphere.


Fig.5. Variation of one-day averaged GOES-9 TBB and echo top height (threshold = 18 dBZ) derived from BLR.

5. Summary

The major tasks of this project for the first 3 years have been to construct the comprehensive observation system at the EAR observatory, Koto Tabang, and to conduct preparatory studies to understand basic properties of precipitation in Maritime Continent. All instruments have been working well except for some troubles related to the life-time of expendables. It should also be noted that periodical instrument maintenance and calibration efforts are essential to keep the quality of the data. The first CPEA campaign was successfully conducted. Our studies are currently oriented to analyze the data obtained in the first CPEA campaign. Fortunately we could observe a clear transition of MJO phases from non-active to active ones. Precipitation and cloud properties show interesting contrasts between non-active to active phases of MJO. Such transitions may influence the characteristics of troposphere-stratosphere coupling, which would be a major topic in the vertical coupling of equatorial atmosphere. Based on the analyses of the first CPEA campaign, we will make a plan for the second CPEA campaign scheduled in November to December 2005.

Acknowledgment

This project is conducted under the Grant-in-Aid for Scientific Research on Priority Areas funded by MEXT, Japan, Project No. 13136206. We would like to thank LAPAN, Indonesia, and RASC/Kyoto University for their effort in overall CPEA project management. The system development and scientific activities are supported by many people; Mr. M. Ohi, Hokkaido University; Profs. S. Fukao, T. Tsuda, Mamoru Yamamoto, Dr. H. Hashiguchi and Dr. T. Horinouchi, RISH/Kyoto University; Prof. M. D. Yamanaka, Kobe University/IORSGC; Drs. S. Mori and J. Hamada, IORSGC. One of radiosonde receivers used for the campaign was provided from HyARC, Nagoya University.

References

[Furumoto, J. et al. 2004] 古本淳一, 井村真悟, 津田敏隆, 古津年章, 2004: EARを用いた水蒸気プロファイルの推定, 科研費特定領域研究「赤道大気上下結合」平成16年度公開ワークショップ, Dec. 8.
[Kawashima, M. et al. 2004] 川島正行, 藤吉康志, 本多哲也, 大井正行, 古津年章, 下舞豊志, 2004: ドップラーレーダー観測によるコトタバンの降雨特性の研究, 科研費特定領域研究「赤道大気上下結合」平成16年度公開ワークショップ, Dec. 8.
[Kodama et al. 2004] 児玉安正, 西加晃子,富樫麻奈美,2004: EAR(赤道大気レーダー)で観測された鉛直風変動と降水の関係, 月刊海洋,号外No.38, 157-161, 2004.
[Kodama and Tokuda, 2004] 児玉安正, 徳田弥夏, 2004: EARとゾンデ観測から得られた鉛直流の比較(2004年キャンペーン観測), 科研費特定領域研究「赤道大気上下結合」平成16年度公開ワークショップ, Dec. 8.
Kozu, T., T. Shimomai, Zainul Akramin, Marzuki, Y. Shibagaki, H. Hashiguchi, 2005: Intraseasonal Variation of Raindrop Size Distribution at Koto Tabang, West Sumatra, Indonesia, submitted to Geophys. Res. Lett.
Morita, J, 2004, Analysis of rainfall characteristics of the Madden-Julian Oscillation using TRMM satellite data, Master’s thesis, submitted to the University of Tokyo.
[Shibagaki, Y. et al., 2003] 柴垣佳明, 古津年章, 下舞豊志, 森修一, 藤吉康志, 橋口浩之, 山本真之, 深尾昌一郎, 山中大学, 2003: 季節内変動に伴う赤道域対流システムの階層構造, 科研費特定領域研究「赤道大気上下結合」平成15年度公開ワークショップ, Dec. 4.
[Shibagaki, Y. et al. 2004a] 柴垣佳明, 古津年章, 下舞豊志, 森修一, 村田文絵, 藤吉康志, 橋口浩之, 古本 淳一, 山本真之, 深尾昌一郎, 2004: CPEA-Iキャンペーン観測期間中のスマトラ域対流活動の特徴, 科研費特定領域研究「赤道大気上下結合」平成16年度公開ワークショップ, Dec. 8.
[Shibagaki, Y. et al. 2004b] Shibagaki, Y., T. Shimomai, T. Kozu, S. Mori, Y. Fujiyoshi, H. Hashiguchi, M. K. Yamamoto, S. Fukao, 2004: Multi-scale convective systems associated with an intraseasonal oscillation over the Indonesian Maritime continent. accepted for Monthly Wea. Rev.
[Takayabu, Y. N et al., 2003] 高薮縁, 古津年章, 片山勝之, 森田純太郎, 2003: 衛星降雨レーダーによるインドネシア降雨特性の解析, 科研費特定領域研究「赤道大気上下結合」平成15年度公開ワークショップ, Dec. 4.
[Takayabu, Y. N et al. 2004] 高薮縁, 児玉安正, 古津年章, 2004: TRMM観測による発雷・降雨量・降雨強度の地域性と季節変動, 科研費特定領域研究「赤道大気上下結合」平成16年度公開ワークショップ, Dec. 8.




( A 04 班 )

課題A04「赤道域の大気波動の4次元構造とエネルギー輸送の研究(A04)」研究活動の総括

津田 敏隆、中村 卓司、堀之内 武
(京都大学 生存圏研究所)

1. はじめに

 熱帯域では活発な積雲対流にともなって赤道ケルビン波、混合ロスビー重力波、大気潮汐波、プラネタリ波、大気重力波などの多くの大気波動が励起されている。また対流圏内では季節内振動、成層圏・中間圏では半年周期や準2年周期振動が起こっており、大気波動との相互作用が注目されている。さらに、エルニーニョで代表される非周期的な変動も重畳している。課題A04では大気波動の励起・伝搬・減衰特性、および波動と波動間および波動と平均流間の相互作用を、対流圏から成層圏を経て中間圏・下部熱圏(MLT: Mesosphere Lower Thermosphere)に至る広い高度領域で精密観測し、高度・緯度・経度構造および季節変化や年々変動などを解明することを目的としている。
 平成16年度にはA03班と共同で4月-5月にラジオゾンデ集中観測キャンペーンを実施した。また、前年度までにインドネシア国内に設置した3台のMLTレーダー(Pontianak MFレーダー、Koto Tabang 流星レーダー、Pameungpeuk MF レーダー)を中核に、インドから太平洋に展開されているMLTレーダーネットワークで得られるデータを解析した。
 さらに、大気波動のグローバルな特性を解明するために衛星データを活用した。ドイツのCHAMP衛星およびアルゼンチンのSAC-C衛星によるGPS掩蔽観測で得られた温度プロファイルを用いて成層圏における大規模大気波動の特性を解析した。またTIMED衛星によるMLT領域の観測結果も参照した。一方、TRMM衛星による降雨データや気象衛星による運頂温度分布を積雲対流活動の指標に用いた。観測された現象を定量的に解釈するために、メソスケールや全球スケールの数値モデルとの比較を行った。


図1 インドネシア国内の
3ヶ所のMLTレーダーおよび国際協同観測ネットワーク

2. MLTレーダー観測網

 我々はインドネシアの3ヶ所にMLTレーダーを構築し(図1参照)、高度60-100kmの水平風速を観測している。1992年以来、ジャカルタ郊外の Serpong で流星レーダーの連続観測を行ってきたが、老朽化によりこの運用を停止した。新たにジャワ島南岸のPameungpeuk (パムンプク、7.5S, 107.5E)にMFレーダー(SAD型)を建設し、2004年3月に観測を開始した。なお、2002年11月に流星レーダーをKoto Tabang(0.12S, 100.19E)に建設し、観測を継続している。一方、オーストラリアのアデレイド大学およびLAPANとの共同で、1995年以来西カリマンタン州の Pontianak (0°N, 109°E) でMFレーダー(SAD型)による風速観測を断続的に行ってきた。このSAD型観測に加えて、2002年10月に延長約 1km の直交十字型アンテナを付加した。この新システムでは天頂角約11度で方位が90度異なる4方向にアンテナビーム対を形成し、MLT領域での波動運動量フラックスの測定を目指している。ただし、レーダー観測所が商用電源の末端であるため不安定で、かつインターネット接続による観測制御も途切れることがあるといった問題を抱えている。
 これらの3つのMLTレーダーは水平距離が約1000km離れた三角のリージョナルレーダーネットワークを形成している。Koto Tabang と Pontianak は赤道上で東西に約1000km離れていて大気波動の東西伝搬特性の検討に有利である。Pameungpeuk (あるいは Serpong)はインドの Tiruneliveli MFレーダーと赤道に対して対称な緯度に位置しており、南北半球間での波動の対象性や季節変化を調べるのに適している。なお、インドネシアのレーダー群は日本とオーストラリア間の赤道共役点(信楽-インドネシア-アデレイド)に位置し、環赤道観測ネットワーク(インド-インドネシア-クリスマス島-ハワイ-ララトンガ-南米)の要となっている。

3. 2004年4-5月に実施した第1回CPEAラジオゾンデキャンペーン

 ラジオゾンデ集中観測を2004年4月10日から30日間にわたって実施した。観測点を図2に示すが、EARがある Koto Tabang(0.12S, 100.19E)を観測の中核拠点とし、EARから300-400km離れたJambi (1.6S, 103.6E)、Kuala Lumpur (2.44N, 101.42E)およびSingapore (1.22N, 103.59E) により観測網を構成する。なお、インド洋を東進する積雲クラスターは洋上とスマトラ島上陸後では特性が変化すると考えられるため、スマトラ島西岸のPadang (0.88S, 100.35E)も観測点に加えた。1000kmスケールの水平構造を調べるために、Bandung (6.9S, 107.6E)で強化観測を行い、さらにKuching (1.48N, 110.33E)の定常観測結果を用いた。
 Koto Tabang と Bandung ではCPEA(A03、A04)が独自にラジオゾンデ観測を行った。Padang ではCPEAとCOE(KAGI21)が共同で、また、観測フロンティア(FORSGC)がJambi にてEARでの実験とほぼ同一のスケジュールで気球観測を行った。一方、マレーシアとシンガポール気象庁に定常観測の強化を依頼した。基本的には、6時間毎にラジオゾンデ観測を行ったが(シンガポールは3回/日)、特別観測期間として4月18日からの5日間を選定し、3時間毎の強化観測を Koto Tabang,、Jambi、Padang で行った。なお、Kuala Lumpur でもこの特別観測に参加を依頼した。
 Koto Tanbang と Jambi ではVAISALA社の新型GPSゾンデ(RS92)を用いた。それ以外の観測点ではRS80を用いた。観測期間中にいくつかの装置不具合が起こり欠測があった。例えば、Koto Tabang ではラジオゾンデの地上較正装置の故障のため、一部の観測をRS80で行った。しかし、全体としては順調に気球観測を継続することができた。表1に気球の到達高度について各観測点での統計を示す。
 なお、この観測キャンペーンの直前にEAR付近で落雷があり、Koto Tabang 流星レーダーはキャンペーンに参加できなかった。また、Pontianak MF レーダーも電源不調による欠測が多かった。


図2 キャンペーン期間のラジオゾンデ観測

表1 7つのラジオゾンデ観測点における気球破裂高度の統計。

4. ラジオゾンデ・MLTレーダー観測による研究成果

 ラジオゾンデキャンペーン観測ならびにMLTレーダー観測結果を用いて各種の大気波動の特性を分担して解析しており、その研究成果の詳細は下記の(1)-(6)の講演で報告する。また、観測結果を解釈するうえで数値モデルによる研究は不可欠であるが、下記の講演(7)-(9)ではメソスケールから全球規模の波動現象の特性を報告している。

  1. EARを用いた水蒸気プロファイルの推定(古本): RASSによる温度の連続測定、および乱流エコー強度を用いた湿度プロファイルの連続測定の観測技法および測定精度の検証を行う。
  2. Observations of tropospheric convection in the equatorial region during CPEA (S. Alexander): EAR-RASSによる風速3成分と温度・湿度の観測データを基礎に、X帯ドップラーレーダーの測定結果を参照して、積雲内部と周辺の風速・温湿度擾乱の微細構造を解析し、それにともなう短周期の大気重力波の励起・伝播を解明する。
  3. Characteristics of gravity waves observed in UTLS region during CPEA campaign (M. Venkat Ratnam): ラジオゾンデデータから比較的長周期で鉛直波長が数kmの大気重力波を抽出し、その波動エネルギーの時間変動とOLRから推測される積雲活動との相関を検討する。また、CHAMP衛星のGPS掩蔽で得られる温度プロファイルを用いて、周期が10日程度の赤道ケルビン波の経度伝播特性を解明する。
  4. Possible relation between tropical convection and wave activity in the MLT region (S. Sridharan): ラジオゾンデキャンペーン観測結果をもとに、対流圏界面付近で周期約6日の波動が卓越し、これが赤道ケルビン波であることを明らかにした。一方、インドネシアのMLTレーダー観測の相関解析から周期が約3.5日のUFK(Ultra Fast Kelvin)波、および周期約6日の風速変動が現れることを示した。
  5. Long-term radar observations of diurnal tide in the mesosphere over Tirunelveli and Jakarta in the Indian Ocean region (S. Gurubaran): インドのTiruneliveli MFレーダーとインドネシア・Serpongの流星レーダーによる1993年から約10年間の観測結果を用いて、一日周期大気潮汐波の長期変動を解析し、OLRから推定される積雲対流活動との関係を検討した。特に1997年のエルニーニョの時期に大気潮汐波の風速振幅が明らかに弱まったことを明らかにした。
  6. コトタバン流星レーダーによる赤道MLT領域の観測(中村): 流星レーダーの長期観測からMLT領域での半年周期振動、および2日波の特性を解析した。
  7. 2004年キャンペーン観測にあわせた領域大気モデリング(堀之内)
  8. 大気大循環モデルに現れた赤道域の大気波動(河谷)
  9. 高解像度オゾンGCMを用いたオゾンケルビン波の数値シミュレーション(渡辺)

 これらの研究により、熱帯の積雲活動にともなって励起される各種の大気波動の動態が明らかになりつつある。目指すは、大気波動が対流圏、中層大気さらに熱圏の力学過程に与える影響を定量的に評価することである。これらの個別の研究成果の詳細は、それぞれの講演要約を参照されたい。

5. 謝辞

 今回の第1回CPEA集中観測キャンペーンを実施するにあたり、国内の関係研究者の多大な協力を得たのみならず、インドネシア、マレーシア、シンガポールの気象官署・研究機関からの献身的な応援を受けた。ここに心より感謝する。



( A 05 班 )

赤道大型高機能ライダーの進捗状況

長澤親生、阿保真、柴田泰邦
東京都立大学大学院・工学研究科

1. はじめに

CPEAのA05班として、赤道直下のインドネシア・コトタバンEARの傍らに地表から中間圏界面高度までの広い領域をカバーする大型高機能ライダーを設置する準備をしている。本ライダーは、赤道域での成層圏上部から下部熱圏までの垂直温度構造と中間圏界面近傍の金属原子層の観測に加え、熱帯積雲対流活動などに重要な役割を担うエアロゾルや水蒸気の鉛直分布の観測を統一的に行う世界初のライダー観測となる予定である。得られたデータは、EAR、流星レーダや気象レーダなど、同所で同時に観測される他の観測データと比較することにより、対流圏から熱圏下部までの大気上下結合や中間圏界面付近の複雑な力学・化学反応過程の理解に資することを目的とする。ここでは、2004年後期を中心に装置の設置状況、稼働状況や初期的に取得しているデータの評価と課題について述べる。

2.進捗状況の概要

最近の大型高機能ライダーの設置状況は、2004年8月から2004年10月にかけて、コトタバンライダー観測所に大型YAGレーザー1台、45㎝望遠鏡4台を設置した。2004年10月から雨季に入ったため天候がおもわしくなく、未調整の部分もあるが暫定的に上部の大気観測が可能になった。これで、2004年初めから定常的に稼働している対流圏の雲・エアロゾル観測用のミーライダーに加え、中間圏の気温分布を観測するためのレイリーライダー、下部対流圏の水蒸気分布や対流圏気温分布が観測可能なラマンライダー、中間圏界面ナトリウムライダーの試験観測が可能になった。現在のライダーの設置状況と観測パラメーターは表1の通りである。また、上部対流圏のシーラス(巻雲)の形状についての情報を得ることが可能な偏光解消度の観測データの精度が向上した。

3. 試験観測例と課題・展望

(1)中間圏気温分布

新たに設置した高出力のNd:YAGレーザーの第2高調波の波長532㎜(Max. 800mJ/pulse, 10Hz)を用いて最高高度80㎞付近からの分子散乱エコーを得ることができた。このデータから中問圏の気温分布の導出が可能になった。図1にレイリーライダー及びラマンライダーのデータから導出した気温分布の観測例を示す。観測は夜間に行われ、約1時間ごとの気温プロファイルを描いている。高度領域毎の移動平均処理の幅はそれぞれ、56.9-75.9㎞:9.15㎞、36.9-60-9㎞:3.15㎞、15.9-42.9㎞、1.65㎞、4.8-12㎞は窒素ラマライダーのデータで450mである。
今回の観測により、一般に中緯度では観測されなかった高度40kmまでの成層圏エアロゾルが赤道域では存在することが分かった。そのため、高度30㎞付近から気温分布を導出するためにはエアロゾルの補正が必要になるため図1の高度20㎞から40㎞の気温分布の導出は今後の課題である。

(2)成層圏エアロゾル

図2に中緯度である八王子(35.6N, 139.4E)とコトタバン(O.2S, 100.3E)で観測した成層圏エアロゾルの散乱比のプロファイル例を示す。中緯度の成層圏エアロゾルは、1991年のピナツボ火山(フィリピン)の噴火で大規模な火山ダストが注入されて以後は、季節変化を伴いつつも減少の一途を辿っている。中緯度成層圏エアロゾルの高度分布領域は対流圏界面高度から高度約25㎞までで、最大散乱比1.3程度であるが、今回得られた赤道上空の成層圏エアロゾル分布は、対流圏界面高度から40㎞付近まで分布しており、中緯度領域よりも高高度まで分布しているのが特徴である。最大散乱比は1.5程度と中緯度よりは幾分大きくなっている。コトタバンでの観測例が少ないので一概には判断できないかが、対流圏界面高度のエアロゾル量が多く、中緯度成層圏エアロゾル層と比べ対流圏との連続性が見られる。これは、赤道域での対流圏と成層圏の物質交換の証拠ととることもできる。赤道領域の成層圏エアロゾルは、全地球のエアロゾルreservoirとも言われており、QBOとの関連や季節変化や日変化など観測が不足している。

(3)ラマンライダーによる対流圏の水蒸気と気温の観測

強力な波長532㎜のレーザーによって、対流圏水蒸気からのラマン散乱データが得られる。図3に夜間5分毎に積算したラマンライダーデータから得られた水蒸気の混合比の高度プロファイルを示す。高度分解能は150mである。高度8㎞付近までの観測結果が得られているが、まだライダーシステムが最適化されていないので、今後最適化することにより高度15㎞くらいまでの観測が可能であると予想される。

(4)コトタバンにおけるNaライダー観測に成功

コトタバンでの中間圏界面金属原子観測は、Na, Fe, K, Caイオンなどの観測を計画しているが、2004年8月27日-28日に、Nd:YAGレーザーの第2高調波で励起した色素レーザーでのNa原子密度の試験観測を行った。図4の観測例に見られるように高度92㎞をピークとする典型的なスポラディックNa層が発生している。スポラディックNa層は、中緯度での観測から電離層のスポラディックE層の出現と密接な関連性を持つことが知られている。また、中緯度でも磁気緯度によって発生頻度が異なることが知られている。発生原因については未解明である。赤道域でのNa層の観測例が少ないため、赤道域でのスポラディックNa層の発生頻度は不明であるので、今後観測を重ねることが重要である。コトタバンでのレーダーや夜光の同時観測から発生原因についての情報が得られることが期待される。

(5)対流圏エアロゾルと雲の連続観測

小型のミー散乱ライダーによる定常観測により得られた対流圏エアロゾルと雲のデータは、準リアルタイム(1日毎の更新)で、散乱比の時間高度図を次のWEB上で公開を開始している。
http://www.eng.metro-u.ac.jp/lidar/Koto/KotoADSRwww/
NASAやESAが2005年5月に打ち上げ予定のエアロゾル・雲観測衛星CALIPSOのground truthを求められており、赤道域の積雲対流に関するCALIPSOとの同時観測も行う予定である。

4.まとめ

A05班の観測装置の整備状況と試験観測により得られたデータと、新に発生した課題や今後の予定について簡潔にまとめると次のようになる。

  1. 小型ミーライダーによる対流圏エアロゾル、巻雲の観測
    定常観測、巻雲のA01班との共同観測
    対流圏界面でのエアロゾル、巻雲の高精度観測
  2. 大型レイリーライダーによる成層圏、中間圏気温分布の観測
    課題:成層圏エアロゾノレの処理
  3. ラマンライダーによる対流圏水蒸気の観測
    装置の最適化による測定高度範囲の拡大
  4. 中間圏金属原子層の観測
    Na層の試験観測とその他の金属原子層の観測準備
  5. 中間圏界面気温分布の観測準備
    2005年2-3月に観測開始予定




( A 06 班 )

赤道域熱圏・電離圏の観測現況と最近の研究成果

小川忠彦、塩川和夫、大塚雄一(名大STE研)、齊藤昭則(京大理)

1. はじめに

 特定領域研究「赤道大気上下結合」のA06班の研究課題名は「赤道大気エネルギーによる熱圏変動の研究」である。本研究の目的は、1) インドネシア域の高度90-500 kmの熱圏・電離圏を探査する独自の装置(光・電波観測装置、磁力計、VHFレーダー)を赤道大気レーダー(EAR)サイトに設置して観測を行い、EARと周辺観測装置からなるリージョナルネットワーク及び広域ネットワークで捉えられた赤道域対流圏起源の大気波動のエネルギーや運動量が熱圏高度に輸送されて散逸する過程、また、散逸エネルギーが誘起する熱圏大気の変動と電離圏プラズマの応答過程を研究し、2) 大気活動が世界で最も活発なインドネシア域特有の赤道大気上下結合を解明することである。具体的な研究内容は以下の通りである。

ここでは、前回のCPEAワークショップ(2003年12月)以降の観測と研究の進捗状況を報告する。

2. 観測機器の稼働・整備状況

 本研究を推進するため、今までに以下のような電波・光学観測装置の開発を行い、EARサイトにて連続観測を実施してきた(ただし、VHFレーダーの本格運用は2005年6月から)

2.1. 全天大気光イメージャー

 557.7nm[OI]、630.0nm[OI]、777.4nm[OI]、OH[近赤外]及び572.5nm[背景光]の波長において夜間大気光強度の2次元分布をCCDカメラで測定する。観測開始は2002年10月末。

2.2 GPS 受信装置

 1) 2周波GPS受信装置 : GPS衛星の2周波(1.5754 GHzと1.2276 GHz)を地上で受信し、電離圏全電子数を30秒毎に連続測定する。観測開始は2002年10月末で、観測場所はパダンのアンダラス大学構内。
2) 電離圏シンチレーション観測装置 : GPS電波(1.5754 GHz)の強度変動を近接した3点(約100m間隔)で観測し、プラズマ不規則構造の2次元的な運動を連続測定する。観測開始は2003年1月。

2.3 磁力計

 EARサイトにおける地球磁場変動を知るために2003年1月に磁力計を設置した。途中に不具合が発生したが、2004年2月以降から連続観測を行っている。

2.4 高感度分光フォトメータ

 557.7nm[O]、630.0nm[O]、427.8nm[N2+]、486.1nm[Hβ]、777.4nm[O]、 589.3nm[Na]、OH、O2の波長において、天頂付近を中心とした観測視野14度内の夜間大気光の強度を測定する。また、OHとO2の発光を用いて中間圏界面付近の温度も測定する。観測開始は2004年2月。

2.5. VHF電離圏レーダー

 電離圏E-F領域からのコヒーレントエコーを観測するためのVHFレーダーを開発した。レーダー仕様の概要を表1に示す。周波数は30.8 MHzで、18基のアンテナから成るアレイアンテナにより、9方向のビーム走査が可能である。2004年11月にEARサイトにて簡易アンテナを用いた試験観測を行い、他のレーダー類との電波干渉を調べた。2005年6月から本格運用を開始する予定である。これにより、電離圏の連続観測が可能になるだけでなく、EARや全天大気光イメージャーとの同時観測を行えば、“プラズマバブル”に関わる電子密度不規則構造などに関する新しい物理過程が解明できる。

表1 VHF電離圏レーダーの仕様概要

3. 電離圏の南北結合(プラズマバブル、中規模TID)

 本研究では赤道プラズマバブルも重要なターゲットである。我々は、地磁気共役の関係にある鹿児島県佐多とオーストラリア・ダーウィンに設置された全天大気光イメージャーを用いて、地磁気共役生が極めて良い巨大プラズマバブルを発見した(Otsuka et al., 2002)。これに続いて、バブルの時間発展も良い共役性を持つことを示した(Shiokawa et al., 2004)。
 地上の一点の全天カメラが観測できる空間範囲は高度250kmにおいて1000km×1000km程度である。日没後のプラズマバブルの発生・発達や移動の様子を捉えるためには、この観測視野は不十分である。一方、米国NASAのIMAGE衛星に搭載されているEUV(135.6nm)撮像装置を用いると、赤道電離圏F層の電子密度分布が非常に広範囲にわたってスナップショット的に測定できることが最近明らかになった(Sagawa et al., 2003)。Sagawa et al.は、磁気赤道を挟んで南北対象に存在する赤道異常域において、波長が1000kmオーダーの大規模な電子密度波状構造が100m/sで東進することを見いだした。我々は、滋賀県信楽とダーウィンの全天イメージャーで得られた同日のデータを調べた。IMAGEデータと全天カメラデータの比較を図1に掲げる。この例では、ダーウィン上空の二つのバブル(経度幅は約100km)がIMAGE衛星で観測された1000kmスケールの高電子密度域の中に存在していることが分かる(Ogawa et al., 投稿中)。1000kmの電子密度構造の成因は不明であるが、対流圏からの大気波動が関与していることが予想される。なお、ダーウィンで図1に示すバブルが観測された時、地磁気共役に近い信楽でもバブルが同時観測されており、バブルの最高高度は1800kmにも達していた。
 電離圏現象の一つとして中規模伝搬性電離圏擾乱(MSTID)はよく知られている。これが、プラズマバブルと同様に、極めて良い地磁気共役性を持つことが初めて発見された(Otsuka et al., 2004a)。その例を図2に示す。これは、2002年8月9日の夜間に佐多とダーウィンで同時観測された630nm大気光の2次元分布であり、ダーウィンの画像は磁力線に沿って北半球にマップされている。佐多では南西方向に、ダーウィンでは北西方向に伝搬するMSITDの波動の位相が極めてよく一致している。この事実は、MSTIDに伴う分極電場が磁力線に沿って反対半球にマッピングされており、これが夜間MSTIDの発達に深く関与していることを強く示唆する。これに引き続いて、FRONT-3キャンペーン(2003年5-6月)においても日豪間で共役性がよいMSTIDが多数見つかっている(Shiokawa et al., 投稿中)。
 上述のように、南北半球のプラズマバブルやMSTIDが極めて良い共役性を持つことは、南北の中緯度電離圏・熱圏が赤道上空を通過する磁力線を介して電気的に結合していることを示すものである。このことは、赤道域電離圏・熱圏の理解には、赤道域特有の大気波動を介した「上下結合」に加えて、電場を介した電離圏・熱圏の「水平結合」をも考慮しなければならないことを強く示唆している。


1  オーストラリア・ダーウィンで観測された二つのプラズマバブル(ほぼ南北に沿った、
大気光強度が非常に弱い領域:右側のバブルの低緯度部は雲に隠れている)と、これらのバブルをIMAGE衛星で
撮像された電子密度分布に重ねたもの(斜めの白線)。バブルはIMAGEの高電子密度域にほぼ一致している。


2  2002年8月9日の夜間に鹿児島県佐多(左)とオーストラリア・ダーウィン(右)の
全天大気光イメージャーで同時観測されたMSTID。ダーウィンの画像は地球磁力線に沿って北半球に
マップされている。南北のMSTID波動構造は極めてよく一致している。

4. 電離圏シンチレーション

 春秋期の夜間に出現するプラズマバブルを全天カメラで観測するには、晴天であることと新月に近いことなどの制約がある。これに対して、GPS電波を用いたバブル性シンチレーションの観測ではこのような制約はなく、バブルの連続観測が可能になる。GPS電離圏シンチレーションは200mスケールの電子密度不規則構造(FAI)が原因であり、このようなFAIはバブルに伴って必然的に発生する。バブルは更に短いメータースケールのFAIをも伴っており、これによりEARではコヒーレントエコーが観測される。実際、大気光で観測されたバブル域とEARエコー域は良く一致する(Otsuka et al., 2004b)。
GPSシンチレーションとEAR電離圏エコーとの同時観測例を図3に示す。この例は2004年3-4月期の第1回CPEA観測キャンペーン時に得られたものである。EARでは、日没後から幾つかの塊としてF層エコーが受かっている。各々の塊はレーダービームを横切っていく一つのバブルに対応している。EARサイトに設置されている3台のGPS受信機で得られたシンチレーション指数S4(シンチレーションの強さを指数化したもの)の時間変動は、レーダーエコーの塊に対応して変動している。このことから、赤道域シンチレーションはバブルが原因であることが分かる。
 上記のように、GPSシンチレーション観測からバブルの有無が分かる。従って、シンチレーションの連続観測からバブル活動の長期変動を知ることが可能である。2003年と2004年の3-4月における夜間(2000-2300 LT)のS4指数の平均値の日変化を図4に示す。S4は数日から10日程度の周期で変動している。バブルは電離圏F層のRayleigh-Taylor不安定で発生・発達することは分かっているが、この不安定のトリガー機構は不明である。我々は、対流圏活動に伴う下からの大気波動が原因であろうと予想している。このことを調べるため、図4には気象衛星で測定された雲頂温度の経度分布の日変化も示されている(緯度方向については2度S - 2度Nの平均値)。EARサイトの経度は約100度Eである。図4から、EARの西側(経度70 - 100度E)の雲頂温度が高い時期にS4指数が増加している傾向が見える。もちろん、バブルの発生は大気波動だけではなく、他の電離圏固有の物理的要因が複雑に絡んでいるが、図4はバブルのトリガーに関する一つの示唆を与えているものと思われる。
 齊藤&西岡(別稿)は、赤道域におけるGPS全電子数の小規模変動(3~30kmスケール)と雲頂温度との関係を調べ、この変動が現れる時には温度が低いことを指摘している。
 近接した3台のGPS受信機で得られた受信強度変化の相関解析からバブルの移動速度を知ることができる。2003年1月から2004年8月までに得られたデータを基に、バブルの東西方向の移動速度をプロットしたものが図5である。平均的な速度は、日没直後は150m/sの東向きであるが、時刻と共に減速し、真夜中前には100m/sになる。このような傾向は、JicamarcaのISレーダーで観測された結果と非常に良く一致する。この事実から、GPSシンチレーションの3点観測がバブルの移動速度、ひいては電離圏プラズマのドリフト速度の観測に有効であることが分かる(詳しくは大塚他(別稿)を参照のこと)。シンチレーションは衛星通信の信号劣化や衛星測位誤差の原因となり、赤道域シンチレーションの研究は実利用面でも重要である。


3 (上)3台のGPS受信機で測定されたシンチレーション指数S4と、
(下)EARで観測された電離圏F層からのコヒーレントエコーの時間変化。


4 (左)GPSシンチレーション指数S4と、(右)雲頂温度の経度分布の時間変化。EARサイトの経度は100度E)。


5 2003年1月から2004年8月にかけてのGPSシンチレーション観測から求めたプラズマバブルの
東向きの移動速度の時間変化。平均値はJicamarcaにおける観測と良く一致する。

5. 赤道F層の中規模波動

 EARサイトの630-nm全天大気光イメージャーにより、バブルが発生していない夜間の真夜中前に赤道(北)方向に動く赤道異常の中に、極(南)方向に繰り返し移動する中規模波動構造が見つかった。観測例を図6に示す。この構造の成因として大気重力波若しくは電離圏不安定が考えられるが、詳しいメカニズムは不明である。詳しくは塩川他(別稿)を参照のこと。


6 630-nm大気光全天カメラによって新たに見つかったF層中の中規模波動構造。

6. まとめ

 本研究課題を推進するための各種観測装置は、2005年6月から本格稼働予定のVHFレーダーを除いて、ほぼ順調にデータを取得している。今までの研究成果として、赤道電離圏の特異現象である“プラズマバブル”の光学・電波手法による研究が進展したことや、中緯度MSTIDが南北で鏡像関係にあることの発見、赤道熱圏中の中規模波動構造の発見などがあげられる。今後は、対流圏から上部中間圏をカバーするEAR(A01班)、対流圏(A03班)、流星レーダー(A04班)、ライダー(A05班)などの観測とも連携し、下層大気からのフォーシングによる熱圏・電離圏変動を調べる。また、“南北電離圏・熱圏の水平結合”についても研究を進める。

参考文献

Otsuka et al., Geophys. Res. Lett., 29, doi:10.1029/2002GL015347, 2002.
Sagawa et al., Geophys. Res. Lett., 30, doi:10.1029/2003GL017140, 2003.
Shiokawa et al., Ann. Geophysicae, 22, 3137-3143, 2004.
Otsuka et al., Geophys. Res. Lett., 31, L15803, doi:10.1029/2004GL020262, 2004a.
Otsuka et al., Geophys. Res. Lett., 31, L20802, doi:10.1029/2004GL020869, 2004b.



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