研究内容(詳細)
(1)微生物や酵素を用いて木材をエタノール、メタンなどのエネルギー・化学物質に変換する研究

 穀物由来のデンプンやサトウキビ由来のショ糖などは、食物利用と直接競合するため、木や草など直接食べられないセルロース系のバイオマスから燃料アルコールや化学品をつくるプロセスが注目を集めています。中でも、硫酸を使わず、酵素でセルロースを分解する方法がコストと環境負荷の両面で優れていると判断されており、今世界中で研究開発競争が行われています。木や草を酵素で分解(酵素糖化)してエタノールなどの燃料や化学品を生産するためには、リグニンによる多糖の被覆をはがす前処理が重要な鍵ステップとなります。この酵素糖化のための前処理法として、当研究室では、選択的白色腐朽菌処理、マイクロ波ソルボリシス処理、ラジカル反応処理、湿式粉砕処理、爆砕処理などを研究しています。このうち、選択的白色腐朽菌処理とマイクロ波ソルボリシスの複合処理は、NEDOの受託研究(バイオマスエネルギー先導技術研究開発)で実施しています。このプロジェクトでは、国内より分離した新規白色腐朽菌の屋外大量培養系の開発、3次元電磁界シミュレーションを利用したマイクロ波照射装置の設計開発などにより、高効率な前処理システムを構築します。糖化液は、組換え微生物でエタノールに変換する共同研究を行っています。白色腐朽菌処理に関しては、現在、山林での大量培養実証試験を実施しています(日経新聞平成19年5月4日)。
 酵素糖化物は、エタノールの他、メタン、機能性高分子などにも微生物を利用して変換します。また、発酵阻害物質の分解効率に優れたラッカーゼの遺伝子クローニングと異種発現、機能解析に関する研究を進めています。さらに、前処理を受けた植物細胞壁の構造解析に関する研究も行っています。これらの研究の多くは、民間企業、公設研究機関、大学などとの共同研究で実施しています。対象となる木質バイオマスは、スギ、南洋材、バガス、タケ、イナワラ、などの各種リグノセルロースであり、バイオマスの特性に適した前処理法を開発します。以下に、主な前処理法とセルロースからのオリゴ糖の生産について記載します。


<選択的白色腐朽菌を利用した木質バイオマス変換>

 自然界では白色腐朽菌と呼ばれるキノコの仲間がリグニンを分解します。特に、選択的白色腐朽菌とよばれるキノコの仲間は、セルロースを残してリグニンを分解する特徴があり、木質バイオマスの変換にとって大変有用です。 国内の人工林は9割以上を針葉樹が占めます。中でもスギは人工林の6割以上を占める樹種ですが、針葉樹、特にスギ材のリグニンは分解が難しく、例えばスギの爆砕では、酵素糖化率を上げるために有害な硫酸やSO2を併用する方法が試されてきました。代表的な選択的白色腐朽菌は、スギ材などの針葉樹のリグニンも強力に分解することから、国内の森林バイオマスの変換にとって頼もしい味方となります。選択的白色腐朽菌処理を受けた木材を直接メタン発酵することもできます。さらに、スギ材を選択的白色腐朽菌処理すると、牛、羊などの反芻家畜による消化性が向上し、イナワラに匹敵する栄養価値の高い粗飼料に変換されます。これは、未利用のスギ材からおいしい牛肉を生みだす研究です。


<ラジカル反応を利用した木質バイオマス変換>

 選択的白色腐朽菌は、酵素から遠く離れた場所において難分解性のリグニンを分解します。これには、低分子代謝物を介したラジカル反応が関与します(2−1参照)。この機構をフラスコやリアクターで再現できると、短時間で大量のバイオマスを前処理することが可能となります。私たちは、こうした現象を解析するとともに、それをヒントとしてリグニンを分解する新規なラジカル反応の開発と前処理への応用研究を行っています。ラジカル反応のために溶媒を加温する方法として、マイクロ波照射法に注目しています。


<マイクロ波を利用した木質バイオマス変換>

 反応溶液をヒーターなどで加熱する外部加熱では、反応容器が大型化するほど、また滞留時間が短いほど、伝熱速度がネックとなり効率が低下します。これに対して、マイクロ波照射は、外部加熱と異なり溶媒自体に直接エネルギーを与えることから、短時間の迅速な反応に対して有利な加熱方法と言えます。マイクロ波照射による溶媒の加熱効率は、比熱のみではなく、溶媒固有の誘電率や誘電損失によって決まります。水より桁違いに加熱効率が高い安全な溶媒もあります。また、加熱効果のみでなく、分子の振動によって反応効率が高まる現象も有機化学分野で多数報告されており、マイクロ波照射法は、前処理法として大きな可能性を秘めています。私たちは、バイオマス変換への応用を目的としてマイクロ波を利用した水系および有機溶媒系リグニン分解反応を開発しています。また、新規な高効率マイクロ波照射装置を生存圏電波応用分野および民間企業と共同で開発しています。

(報道)
朝日新聞(平成20年8月22日朝刊)
「木クズ発酵バイオガス キノコの菌ふりかけ成分分解」

日本経済新聞(平成19年5月4日朝刊)
「キノコ(白色腐朽菌)とマイクロ波を用いた木質バイオマスの糖化・発酵前処理」

日経産業新聞(平成19年1月22日)
「マイクロ波使い資源化 エタノール生産へ糖抽出」

朝日新聞(平成19年8月3日、東北版)
「秋田杉からバイオ燃料」

秋田さきがけ(平成19年8月3日)
「木質からエタノール」


<セルロースからのセロビオースの生産>

 セルロースは、地球上で最も多量に生産される天然高分子であり、太古の昔から様々な用途に利用されてきましたが、これまでオリゴ糖としては工業用用途には利用されてきませんでした。当研究室では、セルロースからセロビオースをメンブランバイオリアクターで連続生産する研究、食品素材としての生理機能を明らかにする研究を、日本化学機械製造株式会社、松谷化学工業株式会社と共同で行い、難消化性オリゴ糖としての特性を示すとともに、ウェットパルプを使用するバイオリアクターによる生産法を開発・権利化しました。これに、日本製紙ケミカル株式会社が加わり、同社が中心となって飼料添加剤としての用途開発と、それに適した生産法の改良を行い、セロビオースの生産プラントを島根県に建設し事業化しました。セロビオースは、今後、化学品原料や食品素材など様々な応用が期待されます。

(報道、関連URL)
http://www.nikkaki.co.jp/seihin/new2.html

http://www.matsutani.co.jp/product/kinousei/cellobiose90/index.html

食品化学新聞(平成19年6月7日)
「機能性オリゴ糖セロビオース事業化」

(2)遺伝子工学、生化学、有機化学的手法を用いて白色腐朽菌のリグニン分解機構を解明する研究
(2−1)白色腐朽菌代謝物によるフリーラジカル反応の制御機構の解明と応用

  選択的白色腐朽菌は、酵素から離れた場所で、セルロースを残してリグニンを高選択的に分解します。微生物による分解反応は、酵素による直接反応が主役と考えられてきましたので、これは驚くべき現象です。この不思議な現象には、キノコ(選択的白色腐朽菌)の代謝物によるラジカル反応が関与しています。当研究室では、ラジカル反応を制御する菌代謝物の機能やその生合成系に関する研究を行っています。
 
セルロースを強力に分解する活性酸素(ヒドロキシルラジカル)の生成を抑制する新規代謝物の機能と生合成に関する研究、リグニンを分解する脂質の過酸化機構の解明、さらには、ラジカルの発生源となる脂質の生合成酵素の遺伝子クローニングと発現解析などを進めています。また、選択的白色腐朽菌のラジカル反応をフラスコで再構築するため、ラジカルの反応解析を進めています。酵素から離れた場所でのリグニン分解機構の解明と関連する代謝物生合成系の増強は、リグニン分解力向上を目的とした選択的白色腐朽菌の分子育種にも必要不可欠な課題です。

(2−2)リグニン分解酵素の分子生物学的解析

一般に白色腐朽菌が分泌する菌体外ペルオキシダーゼやラッカーゼなどのリグニン分解酵素は、リグニン分解系の連鎖的な酸化反応を初発すると考えられています。当研究室では、これまで白色腐朽菌が分泌するリグニン分解酵素の諸性質について解析を行うと共に、それらの遺伝子のクローニングを行ってきました。さらに、これら遺伝子の発現制御機構を解析することで、それぞれのリグニン分解酵素の役割についても明らかにしようとしています。

また、ヒラタケにおいて独自の形質転換系を確立することで、白色腐朽菌の中で組換え遺伝子を効率よく発現する系の開発に成功してきました。最近では、この系を利用してユニークな基質特異性をもつ多機能型ペルオキダーゼを大量に発現させる遺伝子組換え体を単離し、部位特異的な突然変異導入を行って、この酵素がどのようにして高分子の基質にも作用することができるのかについて、進化的に近い他のペルオキシダーゼや立体構造モデルと比較しながら解明しようとしています。
 

(3)担子菌類(キノコの仲間)の分子生物学

  古来より、食用や漢方薬などとして身近な存在であったキノコですが、その生態や生物機能の解明は他の生物種に比べるとあまり進んでいるとは言えません。当研究室では、最新の遺伝子レベルでの知見や技術を駆使し、各種キノコの生物学的特性の解明や、分子系統樹作成による新規に分離されたキノコの同定、菌株ライブラリーの遺伝子情報解析を行うことで、キノコの分子生物学についても研究を深めています。

また、リバースジェネティックス(逆遺伝学)を用いた遺伝子の機能解明や、様々なプロセスにおいて利用価値の高い新しい性質を持ったスーパー組換えキノコ作るための基盤技術の確立を目指し、選択的白色腐朽菌における遺伝子発現系の開発を行っています。さらに、形質転換系の効率化や、パーティクルガンを用いた新たな遺伝子導入法の開発、特定の遺伝子の発現を押さえる遺伝子抑制や染色体上で相同組換えを利用したジーンターゲッティング(遺伝子破壊)の実用化に向けて、DNAiやRNAiなどの新しい手法の導入も積極的に進めています。

「基礎科学の発展」と「技術の進歩」は、1つの車軸を支える左右の両輪のようにそれぞれが自ら回転することで駆動力を産み、お互いに前進・深化してくものであると思われます。そういった意味において、キノコの生命現象を遺伝子のレベルで理解していくことは、そのユニークなリグニン分解系を構成する素ファクターや分子育種された組換え体をバイオテクノロジーの分野で利用していくことと深く関わり合っていると考えています。

(4)自然界から分離した白色腐朽菌、遺伝子工学的に能力を増強した白色腐朽菌による難分解性のポリマーや毒性のある環境汚染物質の分解 

(4−1)白色腐朽菌によるポリマーの分解 

  リグニンは不規則な高分子ですから、酵素の鍵穴には入れません。しかし、白色腐朽菌はリグニンを分解します。しかも、選択的白色腐朽菌は酵素から離れた場所で難分解性のリグニンを分解します。このことは、白色腐朽菌やそのラジカル反応を利用すれば、酵素には認識されにくい3次元ネットワークをもつポリマーが分解される可能性を示しています。当研究室では、選択的白色腐朽菌が加硫したゴム中のスルフィド結合を分解することを見出しました。また、選択的白色腐朽菌のリグニン分解を模倣した反応を利用して、加硫ゴムやエーテル型ポリウレタンが菌処理に比べればはるかに短時間で分解することを見出しました。酵素が苦手とするポリマーの分解にこうした生物模倣型ラジカル反応は新しい可能性を与えます。

 
(4−2)遺伝子組換えキノコによる環境汚染物質の分解

  地球生態系の中にすでに拡散してしまった難分解性の環境汚染物質、とりわけ内分泌撹乱作用と持つとされるビスフェノールAや、発癌性も指摘されるPCB・ダイオキシン、ベンゾaピレンなどの芳香族系汚染物質の分解・除去を目的として、白色腐朽菌を用いた処理システムの開発を目指しています。白色腐朽菌ではバクテリア等を用いた場合と違い、複雑な骨格を持つ多種多様な汚染物質や多塩素置換体など他の生物では分解が難しい化合物を常温常圧下で分解できることが特徴です。

当研究室では、遺伝子工学的に改変されリグニン分解系を強化された白色腐朽菌を用いて、天然の菌に比べ処理能力が向上することを明らかにしてきました。こうした実験により、キノコによる環境汚染物質の除去において特定の遺伝子産物がどのような働きをしているかを調べることができ、また処理の効率化、処理時間の短縮化が図れるものと期待しています。