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第132回定例オープンセミナー資料

更新日: 2015/08/07

開催日時 2011/07/20(水曜日)
題目 SPring-8で紐解く木質文化財からのメッセージ
Messages from wooden heritages unveiled by SPring-8 experiment
発表者 田鶴寿弥子 (京都大学生存圏研究所・ミッション専攻研究員)
関連ミッション ミッション 1 (環境計測・地球再生)
ミッション 4 (循環型資源・材料開発)

要旨

日本人は古くより樹種特性と用途における明確な体系を確立してきた。木質文化財のうち特に、宗教・信仰の対象物の制作には、何らかの意味・重要性をもつ樹種が選択されたと想像できる。従来、木材の樹種識別では木材の3断面の観察が必要で、片刃・両刃剃刀などを用いて薄片を切り出し、プレパラートにして光学顕微鏡で観察する作業が必要であった。しかし国宝や重要文化財では木片を得ること自体が困難で、修理時に得られても極微量という問題が発生してきた。中でも神像・狛犬・仮面といった木彫像は極微量の試料ですら神聖であるとされ、調査自体が困難であった。そこで、極微量の試料でも識別が可能であり、また調査後の試料を将来へ残せる新方法、シンクロトロン放射光 X 線マイクロトモグラフィーによる識別法を確立し、様々な文化財に応用してきた。セミナーでは、特に神像・狛犬を中心とした木彫像の調査例から近年判明してきたことについて述べる。

現在発表者が行っている研究概要は図 1 に示したとおりである。すなわち
1. 新規樹種識別手法の開発
2. 木質文化財の樹種識別調査と年輪解
3. 生存圏データベース(材鑑調査室)の推進
を目標に研究を進めている。オープンセミナーでは主に 1. 新規樹種識別手法の開発について発表させていただく。

日本独特の宗教観、文化を支え、今も我々とともにある木質文化財は、語り部として様々なことを教えてくれる。その一つである樹種という情報は、木材科学のみならず、建築史、考古学、民俗学、年代学、気候学を包含した学際領域に有効な知見を付加すると思われる。しかしながら識別調査が適用されてきた文物には現在でも偏りがある他、国宝や重要文化財では木片を得ること自体が困難で、修理時に得られても極微量という問題が発生してきた。中でも宗教・信仰の対象物としての神像・狛犬・仮面といった木彫像は極微量の試料ですら神聖であるとされ、調査自体が困難であった。

そのような背景のもと、発表者は新しい樹種識別法を開発することで、より多くの木製文化財の樹種情報を得ようとしている。薄片を切り出し、プレパラートにして光学顕微鏡で観察するという従来法にかわり、極微量の試料でも識別が可能であり、また非破壊のため調査後の試料を将来へ残せる新方法、シンクロトロン放射光 X 線マイクロトモグラフィーによる識別法を確立し、様々な文化財に応用してきた。現在まで木製神像・狛犬(図 2)・仮面・建造物由来の古材などの調査にシンクロトロン放射光 X 線マイクロトモグラフィーを活用し多くの樹種情報を得てきた。

近年金子ら1) により奈良末から平安初期の一木仏像彫刻の多くがカヤであることが明らかになり、カヤによる造像が各種尊格に及ぶのは、中国の栢の概念の拡大化の反映と見做されること等が指摘されている。本研究で滋賀県地域の神像や狛犬に一部カヤ(図 3)の使用が判明したことにより、神像を中国の栢の概念の拡大化の流れの中に位置づけることが出来るのか、或いは仏像とは異なる樹種が志向されているのか、といった問題解決のための新しい知見を付与できた。これらの問題を解明するためにも、時代・地域を拡張させてより多くの神像・狛犬についての調査を現在継続して行っている。

文献

1) 金子啓明・岩佐光晴・能城修一・藤井智之の四氏連名による研究報告は下記の通り。
(1) 「日本古代における木彫像の樹種と用材観 —七・八世紀を中心に—」(『MUSEUM』 555号、1998年)
(2) 「日本古代における木彫像の樹種と用材観 II —八・九世紀を中心に—」(『MUSEUM』 583号、2003年)
(3) 「日本古代における木彫像の樹種と用材観 III —八・九世紀を中心に(補遺)—」(『MUSEUM』 625号、2010年)

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図 1 研究計画

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図 2 滋賀県の木製狛犬 (a) と狛犬から得られた木片 (b)

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図 3 シンクロトロン放射光 X 線マイクロトモグラフィーを用いて得られたカヤの三次元像

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